雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

Enigma 一話

大きな根が村の地形を蹂躙する。悲鳴も、嘆きも、叫びも、全てはその隆起に呑まれてことごとくが失せた。

「……ふん。こんなところか」

 足元から伸びる根が捉えた人間を無造作に放る。まるでミイラのように朽ち果てた死体が転がり、屍の山の一つなった。

 山の土壌となる肉塊たちは、私を見るなり魔法による攻勢を仕掛けたが連携の乱れと、魔法の練度の悪さが災いし、壊滅した。思わずその呆気のなさに不思議と無感動なため息が漏れる。

「我が御心の命だと昂り、足を運んでみれば…あまりにも拍子抜けだ」

 目を伏せ、行き渡る養分に体が歓喜するのを覚えながら、私は今までの経緯を帰路に着こうとする中でゆっくりと整理する。

 我が御心……『殖』の派閥の魔王ゼルディス様は人に近しくも、異形である"分体"と呼ばれる存在を作り出し、使役する。私もその一員であり、感情や思考なども付加され、個はしっかりと確立される。

 特に私のようにゼルディス様から優秀と評価されれば、"核"を与えられ、更に高みへと昇ることができ、加えて『八殖星』という幹部の一つの席を与えられる。

 私の名はラファレア。授けられた称号は『華星』。

 末席を汚す意識を持ちながらも、我が御心に応えられるよう私は『八殖星』の一人というプライドと自覚を持ち、日々任務に従事するのだ。

 この村の人間を皆殺しにしたのも、我が御心の命令でもあった。魔法使いの里……その増長への危険視というのは聞いていた。

 目の端に映る山積みになった、人だったもの。……私は、何度感じたか分からないズキリとした痛みを胸に抱え、息を吐き出すことでそれを誤魔化した。

「……ん?」

 村の入り口付近に子供がいる。

 性別は女か。何より、その金色の髪が泥や返り血と汗で塗れていた。

 穢らわしいというより、哀れさを感じる。生の執着とは、ここまで自らを惨めにできるものなのか。

「娘。もうこの村は滅んだ。お前のような非力な人間がどうもこうもできまい。勝手に生きて自由に死ね」

「……ちゃん」

 その娘はか細い声で何かを呟いた。

「……お姉ちゃん。逃げれたかな」

 何かと思えば身内の心配か。より、娘に哀れみを抱く。しかしそれ留まりだ。共感や同情など微塵も湧かない。

 ただ開かれた道を見つめる少女の背中を悠然と私は通り越す。

「娘」

 そう呼んでも返答はない。顔をチラリと見れば、傷だらけで、目から光は失せている。

 小枝のような手足に、私は眉を寄せた。

「……そうまでして姉の命を優先するか。愚かだが、他人を優先する気遣いは評価してやろう。故に選ばせてやる」

 私の小指から伸びた根が蛇のように娘の首に絡みつく。

「私の養分となるか、それともここで野垂れ死ぬか。……お前なぞ、もう長くはないだろうからな」

 それでも娘は反応しない。真っ直ぐに向けられた瞳に、何の思惑があるのか。そもそもこの娘に打算する余力はあるのか。

 柄でもなく、数分と推し量るうちに、私は根を戻し踵を返していた。

「……ふん」

 私は丁寧に"入口"から出て行き、道なりを歩む。

 そこそこの巨体でもあり、足音は村を囲む山々に反響している。天候は快晴で、体は絶好の環境に脈動していた。

 心地の良い風を受けながら歩いていると、先ほどから背後に気配を感じる。

 振り返れば、村の入り口に立っていた娘がついてきていた。

「何の真似だ、娘」

「……」

「あまりコケにするのはやめた方がいい。お前のような人間など、簡単に始末できるのだからな」

「……」

「おい、少しは返事をしろ。そもそも、私が恐ろしくないのか? 殺されるという考えはお前にはないのか?」

「……ない」

 振り絞るような声に、私は足を止めてしまう。次の瞬間、衝動的に娘の首根っこを掴んでいた。

「バカにされたものだ。小枝のような肢体故、慈悲を与えたが……やはり殺してしまった方が後腐れがないかもしれんな」

 ギリギリと首を掴む手に力がこもる。

 娘は息を求めて足掻くが、私の膂力に抵抗などできる訳がない。次第に、抵抗力が希薄となっていく。私はそれでも無感動だった。

 ……あの時見た、娘の瞳を想起するまでは。

「っはぁ、はぁ……はぁ……」

 私は手を離していた。魔性を帯びた記憶の片鱗に感化されてそのままに、咳き込む娘へと淡白な視線を送る。

「興が乗らんな。貴様のような羽虫を殺したところで、私にも我が御心にも何の益もない」

 今度こそ目を合わさぬよう振り返るが、その脚を娘の手が必死に掴んだ。

「……きたい。生きたいっ……だから、貴方について行く」

 不思議と私の頭が真っ白になる。久々の感覚に、少しだけ押し黙ってしまった。

「何故、死を無慈悲に振る舞う私に、生を求める。人間の本能故か?」

「……違う。お姉ちゃんと約束したの」

「約束だと?」

 娘の乾いた頬に、水滴がつたう。その勢いの良さは、行き場を失っていたからか。

 ……なまじ、感情を持つせいで人の心理が看破できる。私はその仕組みを与えた我が御心に初めて憎しみを抱いたかもしれない。

「……なるほど。再会したいのだな、姉に」

 こくりと弱々しく、娘は頷いた。

「うん。だから、貴方について行く」

 その言葉と同時、私の中の大量の違和感が何かを先鋭的に訴える。

 何故だろうか。何かがおかしい。

 私は考える。今私は、この娘に絆されている。娘を理解する気はないが、どこかで存在を許している。

 思えば疑問だらけだ。いつも通り自然と一体化し、植物のエネルギーをなぞる移動法のはずが、わざわざ野を歩いていた。それは何を期待してなのか、何を思ったからなのか。

 私は、目の前のこの娘に、一体、"どうなってほしい"と考えているのだ?

 堂々巡りの思考で硬直したままの私に、再び視線が向けられる。交差を拒絶した筈の目線同士が絡み合い、私はやがて肩を竦めた。

「……好きにすればいい。ついてくるのなら私は止めない」

 そういって私は再び歩き出す。

 以降は、顔も合わせなかった。一方の私はそのまま終わらぬ問答を繰り返しながら歩き続けた。