雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

Road of Revive『螺旋極光』/第八話 希った光

 

 時間もいつの間にか夜を回っていた。しかし、団員たちはむしろ活気に満ちていた。
 様々な娯楽施設も複合している為、昼間は任務や訓練で酷使した体をそこで安らげるのだ。休息をし、一時でも仕事を忘れ去ることは、人を保つ上で必要なことであり、また次の任務でも功績をあげることにも繋がるのだ。
 そんな喧騒とは程遠く、人もまばらな廊下をアルデスは歩いていた。
 目的はもちろんリリと接触するためだ。今の彼女の精神状態と対面することに、躊躇いがないかと言われれば嘘になる。時間を置いた方がいいのでは、彼の本心ではそんな声も挙がっていた。
 けど、一人にしてはいけない。リリはまた考えてしまう。考えて、考え込んで、また自らを塞ぎ込んでしまうだろう。
 それはダメだ。アルデスは顔を横に振る。
 今までお互いの間に積み上げたものが全て台無しになるし、第一彼女のためにならない。あのままでは、孤独なまま生涯を過ごす可能性すらある。
 アルデスは目を閉じる。リリの叫びと想いを頭の中に想起させる。悶え苦しみ、苦しみ抜いた結果、彼女は諦観し悲観し絶望している。なにより、その悲鳴の中でハッキリとしていることが一つだけある。
 リリは救いを求めている。助けてほしい、誰でもいいから自分を見てほしい。
 そんな悲痛な望みが見え隠れしていた。
 でも彼女は自分を、本当の自分をぶつけれてないからそれができないのかもしれない。
 緊張しながらも、常にそのことを考えて歩く。しかし中々見つからない。右往左往としている内に、訓練所の休憩所まで戻ってきてしまった。もう人っ子一人おらず、薄暗いその静寂な空間に一人の影が浮いていた。
 アルデスは唾を飲み込む。
 そして、なんとか気丈を振る舞いながら話しかける。
「いたいた。探したんだよ、リリさん」
 長椅子に座りながら、背中を丸めている。
 あの時、リリに痛罵されなす術なく背中を丸めていたセナと重なった。顔は暗く、表情は視認できない。
 だが、彼女は今とても人に向けられるような顔をしていないのかもしれない。気が引ける思いを隅に追いやりながら、アルデスはリリの隣に腰掛けた。
「……なにしにきたのよ」
 先程までとは違う、張りのない声色。やはり表情は見せたくないのか、顔を逸らした。
「心配したんだ。俺は、君を極力一人にしたくはないから」
「……そ」
「ごめん。余計なお世話かもしれないけど、できれば側にいることを許してほしい」
「……好きに、すればいいじゃない」
「なら、お言葉に甘えて」
 そこから重い沈黙が横たわる。
 本来は、彼女から不意にこぼれる言葉を期待したがそれは無理筋ではあるか。自販機から灯される光がどこか心許ない。
 アルデスを意を決すると、その沈黙を破った。
「さっきのリリさんすっごく強くてビックリしたよ。これまで戦ってきた人たちの中でもすごくトリッキーだった。まだ全部を解明できたわけじゃないけど、それでも君は自分の搦め手や強味をしっかり理解してる」
「……」
「けど、それは戦いの中だけの話だ」
 アルデスは言わなければならないことはちゃんと言う。相手が傷つくことでも、相手のためを思えば鬼にならなければいけない場面の判断もしていた。
 包み隠すこと無く、自らのリリへの雑感を語る。
「君は優しいけど、不器用だ。でも、それだけ言いたいことが言えない環境だったんだろ。本音を我慢するばっかりで、自分の本当の気持ちに嘘をついてしまう。自分が我慢しなきゃと思ってしまう。それは多分、お姉さんとのことも大きいんだと思う」
 淡々と喋り続ける。小さな衣擦れの音だけが聞こえた。
「君は、もっと自分を出さなきゃだめだよ。そうしないとどんどん自分が追い詰められて、壊れて、腐っていってしまう。そんなのは君自身が一番分かってるはずだろ。……ちゃんと俺には本音で話してほしいんだ」
 リリは黙っている。だが、逸らしていた顔を元に戻し深く顔を項垂れると、拘束から解き放たれるように震えた言葉が溢れ出る。
「…………怖いのよ。嫌われるのが。醜くて、欲深くて、すぐに嫉妬しちゃう自分を見られて人として失望されたくないのよ。でも、それって矛盾してるわ。私に失望する人間なんて周りにいないもの。でも、分かっていても私は周りを気にしてしまう、顔色を伺ってしまうの。きっとお姉ちゃんといた時の名残り。だから自分を出すのが怖くて、これ以上、私を貶められるのが嫌で……そうじゃない、と」
 ポロポロと、彼女の頬を涙が伝う。堪えるように握って紅くなった手を、ようやく心の底から流れ出た雨が静かに濡らす。
 嗚咽を振り切るように、絞り出すようにリリは吐き出した。
「私が、私でなくなっちゃいそうなのよぉ……」
 拭っても、拭っても水滴は止まらない。今まで溜め込んでいたものが一気に溢れるように涙となって現れる。
 アルデスは黙っていた。だが、決してリリから顔を背けることはしなかった。彼女をしっかりと見つめていた。
 やがて、肩を震わせながらもリリは泣き止み鼻をすすりながらも弱々しく喋りだす。
「意味分かんない。あれだけアンタに激しく感情ぶつけたのに。スッキリしてる自分を認めたくないわ。それに、それでもそんな私の隣にいてくれるアンタの思考も理解できない。なんなの? なんでアンタは私にそこまで寄り添ってくれるわけ?」
 そんな調子の彼女に、優しくアルデスは微笑みかける。
「だってさ、見捨てたくないよ。俺はリリさんのこと」
 リリはおもむろに顔を上げる。
 穏やかな彼の目線が交差した。
「そりゃ、俺はリリさんのこと全部はわからない。この先の人生、分からないことはたくさんあるかもしれない。でもだからって、醜いところも、欲深いところも、そんなリリさんの全部を知ったところで、俺はリリさんを見限るとかそんなことできるわけないよ」
 思わず彼女は目を見開いていた。胸の奥で停留していた暗闇が、痛みが、晴れていく気がした。しかし、それなのにまだ疑う自分を認めている。ここまで明らかに純粋な眼をして語るアルデスに、未だ何かある、裏があると余計な邪推がはたらいてしまう。あり得るはずもないそれを、真意は分からないという可能性だけで信じてしまう。
 ズキリと胸が痛み、リリは眉を寄せて胸に手を当てた。
 アルデスはもちろんそれを把握し、努めて冷静に語りかける。
「そうだなぁ。本音を言えば第一は前に勧誘してた件がきっかけだよ。むしろ、まだ君を諦めきれなくて、だから今までの行動がある。その部分があることは認める。でも、今までの関わり合いの中で、心から君を助けたいって思ったのも事実だよ。俺はお姉さんとも仲直りしてほしいし、それに……」
 思わずアルデスの表情も哀切に歪む。リリの肩に優しく手をおいた。
「リリさんにもうあんな顔はさせたくない」
 彼には今でも鮮明に思い出すことができた。
 姉であるセナ・テレーズへの剣幕。鬼気迫る、まるで自らを汚した仇を見るかのようなあの表情。張り詰めたものを姉に爆発させても、再び絶え間なく注がれるガスにもがき苦しむリリ。
 お互いがお互いの首を絞め合う。そんな凄惨な光景を見て彼が放置できるわけがない。
 リリの瞳に光が宿る。
 枯れたはずの涙が、またこぼれる。しかしそれは悲しみからのものではない。
 やっと、出会えたのかもしれない。求めてた人に、向き合ってくれる人に。
 リリは手の甲で涙を拭き取りながら、漏れる嗚咽で掻き消えそうになる言葉を紡ぐ。
「私は、私っは……まだ、アンタのこと、信用しきれてない。裏があるって、何か企んでるってそういって私をいつかは見放すって、疑ってるのよ。それでも、それでもっ、アンタは私の側にいてくれるって、本当にそう思うのっ?」
 肩から手を離し、アルデスはリリの背中をさする。
「最初はそれでいいんだよ。むしろ、最初から何もかも信用しちゃう方が心配だって。だからゆっくりお互いのことを知ればいい。でも、これだけは俺は誓うよ。君を見捨てたりなんて、決してしない。ずっと君の側にいるから」
 そうしっかりとアルデスは言い切る。紛れもない、嘘偽りのない気持ちを彼は吐露した。それをどう受け入れようと彼女次第だ。
 しかし、より涙に濡れるリリの頬をみれば伝わったかどうかなど自明の理であった。
「うん……うんっ……」
 リリは何度も頷く。自分自身を受け入れてくれたことを噛み締めていた。
 姉との確執は終わったことではない。まだ本音はぶつけられてはいない。
 でも、ぶつけてもいいと、リリは思った。
 今までは誰もいなかった自分の背中には、いつだってこの少年が笑顔で立ってくれているはずだから。たとえ失敗しても、苦しくても、柔らかく迎え入れてくれる存在がいる。
 そう、昔の姉のように。
 ハッとリリは気づく。
「そっか……これ、だったんだ……」
 自分がほしかったもの。自分が得たかったもの。それは自分を出せる、唯一自分自身でいられる居場所。本当の、本物の、本音の自分を気兼ねなく出して、それでも受け入れてくれる。
 そんな人たちとの、"出会い"。
 考えれば難しい話じゃない。簡単なもののはずなのに、自分が変に複雑にしすぎていた。
 それになんだか重い気もする。
 その感覚が妙におかしくて、笑ってしまう。
 表情筋をろくに動かしてこなかった。大丈夫だろうか、自然の笑顔ができているだろうか、彼に自分の気持ちは伝わるだろうか?
 だが、そんな不安は一瞬で吹っ飛ぶ。彼女の前にはアルデスという、自分を見てくれる、受け入れてくれる人がいるのだ。
 彼は笑い返してくれていた。
 リリはどこかくすぐったくて、そんな表情を見られたくなくてアルデスの胸に顔をうずめた。
 そんな時間はすぐに過ぎ、お互いに落ち着く。
 顔を見合い、大丈夫そうだと判断するとアルデスはよし、と言って立ち上がった。
「もうこれで大丈夫、って言いたいところだけどそうはいかない、かな? うん……まだやり残したことは、一つだけあるから」
「やり残したことって……」
 リリは驚愕で咄嗟に彼の手を取る。
「ねぇ。なにをするつもりなの?」
 不安に揺れる彼女の瞳を、アルデスは安心させるように見返す。
「何って決まってるさ」
 そして、迷うこと無くアルデスは断言した。
「君のお姉さんを、本気でぶっ飛ばすんだよ」