雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

Road of Revive『螺旋極光』/第七話 色彩の魔女


 アルデスは準備体操を終え、軽く体を跳躍させる。
 一方、浮遊する杖に手のひらをかざすリリは瞑目して佇んでいた。
 彼女はどんな戦略を用いて、どう立ち回るのか、何もかもが未知数な相手となる。緊張や不安よりも、彼の中では期待が勝る。その高揚感で飛び跳ねる脚に自然と力がこもった。
 剣の硬い柄を握ると、カチリとアルデスの中でスイッチが入る。
 ゆっくりと腰を低くして剣を上段に構えた。
「準備はいい?」
 リリは目を開くと同時、杖が身軽そうに空中で回転した。
「いいわよ。アンタのタイミングでいつでも来なさい」
「じゃあ………………始めッ!」
 わざと言葉に間を持たせ、ズレを狙う。もっともアルデスの思惑など向こうはお見通しだ。
 アルデスは強化魔法で一気に加速。近接である以上、まずは間合いを詰めるのは原則だ。
「フィールド(展開)」
 故に、その裏をかかれる。
「っ!? あれ!?」
 速度がでない。魔法で補強したずの脚が重く感じる。遠のいていた音が、聴覚に戻ってきていた。
「リバース(転じよ)」
 リリがそう口にすると、脚に錘がついたような鈍化が始まる。最終的には脚は石のように動かなくなるだろう。アルデスは察し、魔法を解く。
「リバイヴ(甦れ)」
 それをリリは見逃さない。杖が蒼色に光り、アルデスの脚に残存した魔力を再生させる。
「フロー(流転)」
 翠色に杖が光ったかと思うと、その魔力群は再び彼から脚の自由を奪った。
 まるで重力で押さえつけられているかのように膝を屈する。
 アルデスはリリを見据えた。魔力を操る、その干渉領域をあの杖で広げているのだろう。
 赤色の光が杖から灯っている。光にも何か意味があるはずだ。何より、相手の魔力すら操作できるということは、アルデスの使う魔法は全て逆手に取られることを意味する。先ほどのように警戒して魔力を解いても、強制的に魔力を再生させ逆に利用されるのだ。
 つまりこの時点で、魔力を用いた全ての戦法が封じられた。
 アルデスは冷静に分析を始める。
 彼女が口にした数々の呪文。リバース、リバイヴ、フロー。恐らくまだまだ手数はあるだろう油断はできない。だが、自分なりに解釈はできる。何よりあの杖の光は……。ハッと杖ではなくリリに視線を移したことで、彼は察した。
 アルデスは魔力を込めた。全身の筋肉をフルに使い、剣を投擲する動作を取る。
「リバース(転じよ)!」
 杖が妖しい赤色を放つ。
 だが、それを唱えたはずのリリの表情は一瞬で歪む。
 こちらに切っ先を向けて投擲された剣が空気を裂いて迫ってきていた。その時点でイレギュラーだ。
 リバースという呪文の意味は逆転。逆転させた時点で、強化魔法を使ったであろうアルデスは剣など投擲できない。
「ブロック(堅牢)」
 リリは目の前に紅い魔力障壁を五つ展開。
 三つほど破ったところで、剣は音を立てて地面へと落下する。
 彼女はすぐさまアルデスに視線を向ける。
 が、その姿は消え失せていた。
 先ほど唱えた魔法に関しては、強力だが相手の魔法に対して自動反応をする程の利便さはない。リリが"捕捉"した上で、唱えなければ魔法は効力を発揮しないし、二つの魔法を同時に唱えることはまだできない。
 つまり、あの剣の投擲は魔法を使うための時間稼ぎ。何よりリバースの呪文はあの一瞬で既にアルデスの中で解析されたのかもしれない。
「……やるわね」
 リリにまだ手数があるとはいえ侮れない。杖を更に高速で回転させ、魔力を拡散させる。
「サーチ(探れ)」
 微量の魔力を一帯に解き放つ。激しい動きや魔法の行使があった場合、魔力が感知しリリに知らせる。まず、魔法を看破されたときの一つ目の対策法だった。
 目を閉じて集中する。それらしき反応は魔力からは伝わってこない。ここで魔力を更に使うことで精度を上げることもできる。ただ、魔法使いは魔力が重要だ。相手の引き出しが未知同士のこの局面では浪費よりも、効率が優先される。
 突如、魔力が反応する。
 左からこちらへと迫る気配を感じ取った。
「ウイング(颶風よ)」
 そう唱えて杖に魔力をこめる。宿る光が徐々に黄色を帯びていく。
 瞬間、雷をまとった風の刃が出現。主であるリリの周囲を螺旋のような軌道で巡る。
「シュート(貫け)」
 自動的に標的を捕捉した刃たちが放たれる。迫ってきているはずのアルデスの方角へと、音速を伴い向かって行った。
 ……だが、衝突音はいつまで経っても聞こえてこない。魔力は霧散した。それは感じ取っている。決定的な手応えとははるかに遠い、空を切るような感覚がリリの中に虚しく残る。
 そして……。
 今になって初めて、リリは"顔を逸らした"。
「待ってた。その瞬間!」
 もはやその声への反応は条件反射だった。昔培った警鐘が無ければ、胸騒ぎに気を取られ、目前に落ちていたはずの剣で脇構えを取るアルデスに対応できなかったかもしれない。
 彼女は動揺しながらも即座に魔法を展開させた。
「ブロック・アルター!(堅守)」
 剣と魔力の壁が激突する。
 リリは先ほど彼が迫ってきたはずの方角をチラリと見る。そこにあったのは、刃が折られた二つの短刀。ナイツロードが量産している武装だった。
 疑問はいくつもある。だが、それを問いただす余裕はない。
 アルデスは素早く剣を流し、再び脚に魔法をかける。
 逃さない! ……しかし、リリは冷静になる。リバースは読まれている。仮に彼の頭の中にそれがあるなら、今かけた魔法は鈍化だ。
 だが、それでも……もしも、それさえも彼に読まれているとしたら? 今までのアルデスの機動性が、その仮説を強く裏打ちする。
 杖をアルデスの体に向け、叫んだ。
「エラー!(失敗)」
 彼の姿が消え去る直前に発動したのもあり、中途半端な魔法はアルデスを転倒させた。
 二回ほど、床に体を叩きつけながらも体勢を立て直そうとする。
 彼は転がりながら状況を分析し、理解していた。ここまでの隙を与えてしまえば、彼女は自らを既に捕捉している。捕捉されるということは、こちらの戦術はほとんど封じられる。つまりあの攻勢を止められ、姿形を晒す現況はほとんど詰みに近い。
 だが……まだ分からない。顔を上げ、リリを視界に捉えようとした時だった。
「はい、詰み」
 アルデスの首元に背後から冷たい杖が触れた。
 思わず苦笑を漏らしながら、ただ一点を見つめる。
「負け、かな?」
「どう見てもそうでしょうが。貴方、死んでも剣握れるって本気で思ってるわけ?」
「ないない。あーークソっ。あそこで反応さえされなければなぁ」
 その声色に後悔はあるものの、投げやりな印象は受けない。むしろ前向きな反省だった。
 リリの心のなかに、暗い炎が灯る。
「……アンタ、あの時。剣を投げた時……違うな。剣を投げる前、あの一瞬で全部私の特徴を把握したわけ?」
「うん。杖の光と、リリさんの瞳の色が同じの時点で気づいたよ。前に模擬戦やった人が言ってたんだ。魔力を色として認識させるやつもいて、そういう奴の特徴は大体どこかで表出するってね。君の場合は目だったわけだ。後は連動してるってことに気づけば難しくない。君は捕捉することで、ようやく魔法の効果を発揮できるんだ」
「剣を投擲できたのも、リバースの内容を見破った上でわざと自分に鈍化の魔法をかけたってことでしょ?」
「うん。いやー、あれはヤバかった。全身つるかと思ったよ」
 力無くアルデスは笑う。
「それにリリさんが最初に唱えた"フィールド"ってあれ魔法領域のことでしょ? これも同じことしてる人いたんだ。魔法領域はメリットが大きい代わりに、集中力を要するから不注意になりやすいことも。だから勝機を見出すには君の不意をつく必要があった。実際、リリさんの視界から消えた時、俺はずっとその左に佇んでたんだ。隙をうかがうためにね」
「……ちょっと、人前で私の魔法をそんな容易く解体しないでくれる?」
「あ! あっ、ご、ごめん……」
 しゅん、とアルデスの表情は沈む。
 一方のリリはツンとした表情を保っていたが内心は複雑だった。確かに姉と活動して、訓練科に戻ってくるまでの間にそんな強者はゴロゴロと見てきた。これより上の戦士など探せばかなり存在するはずなのだ。
 それなのに、リリは少しづつ惹かれていた。腕っ節だけではない。駆け引きだって上手かった。分析力や判断能力、思考精度。彼が地道に積み上げたであろう経験の深さ。
 何より彼の人間性。彼女は自然と、今までアルデスが誘ってくれた場面を反芻していた。
 執拗ではあったが強引ではなかった。
 姉との関係に土足で踏み入られたのは腹が立つ。しかし、それもあって彼の言葉や表情が頭から失くなったかと聞かれれば嘘になる。
 真摯に向き合ってくれるその姿が、今まで求めていた形かもしれない。
 ……だが、彼女の内側でくすぶっていた暗い炎は油が注がれたように一気に燃えだす。
 ほしかったものを忘れ去ることで離別したはずのものたち。セナへの嫉妬、憎しみ、後悔、苦痛、悲哀……周囲から向けられる心無く、冷ややかな視線と言葉。その炎が彼女の心を更地にさせようと焼き尽くしていく。後戻りなんてできない、それならもう何も得たくない。
 リリは眉間にたくさんの皺を寄せ、震える声色で言葉をこぼした。
「……意味わかんない」
「え?」
 手に戻した杖を強く握りしめ、嘆くように感情を絞り出すように叫ぶ。
「意味わかんないのよ! なによ! なんで、なんっで負けてヘラヘラしてられるのよ! 悔しくないわけ? 目にもの見せてやろうって思わないわけ!? 私を倒して、私を無様にさせて、私を惨めにさせればいいじゃない! 私のクソ姉貴みたいに! 私を、私の全部をとことん否定して、殺せばいいじゃない! ……なによ、なんなのよ! もうっ!!」
「あ! ちょっと、リリさん!」
 リリはアルデスを一瞥もせず、一目散に駆けていく。
 彼は強く止めることもなく、ただその背中を見つめる。瞬間に視認できた彼女の頬には、涙が線を描いていた。
 あれが、リリの本音なのだろうか。あれがリリの本性なのだろうか。誰にも打ち明けず、姉だけに見せていた激しい自身なのだろうか。
「……そんなわけ、ないだろ」
 あれが本物ならば、自分の感情をあんなにも苦しみながら吐き出すわけがない。彼女が抱えるものは、それ程までに根が深いのだ。
 アルデスは残留した想いを壊さないように、ゆっくりと吐息を吐く。
 彼女が出ていった方へと、歩みを進めた。