雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

Road of Revive 二章 『星撒きの巫女』/第九話 昏き底に虹はかからず

 

 かろうじて体が動くが、無傷とはいかない。
 貫かれた肩から滲む血。即座に距離を作り、リイナへと信じ難い瞳をくれる。
 ど真ん中の一つ目はつぶらで、彼女の美しい翡翠の色を受け継いでいた。両側から剥き出した頬骨や顎などは、剣、槍、鎌……多種多様な武装の形を帯びて無機質な殺意を放っている。
「……なんだ、ありゃ」
 戻ってきたアルデスを庇いながら、ロドルスは怪訝そうに目を細めた。
「あんな個体、見たことがねぇ。何度か実戦経験はあるが、その中でも明らかに異端な部類に入るぞ。カルデラの製造過程でなにか"混"ぜやがったな」
 そう分析する獅子頭をよそに、アルデスの剣を握る手は震えていた。
 リイナと約束した記憶。いつか誰もが平等に当たり前が享受できる世の中を作る。反応こそ希薄であったが、彼自身の責任感がより悪い連想へと繫がってしまう。
 彼女はカルデラだった。もう、手遅れの相手に訪れることのない未来を語ったのだ。その時、リイナは一体どんな気持ちで聞いていたのだろう。
 自らを許す、許さない以前に胸中はただ罪悪感で満ち溢れている。
 故に、カルデラと化したリイナを敵として認定することができないでいた。
「……戦えるか? アルデス」
 視線を合わせずロドルスは問いかける。
 数秒経っても、アルデスは固まったまま承諾できずにいた。
 外から爆発音が聞こえてくる。恐らく好機とみたVICEたちが奇襲をかけてきたのだろう。残された猶予は少ない。無事に逃走経路を開くには、リイナを倒すしかないのだ。
 なのに、纏まらない心は踏ん切りがつけずにいた。
「お、俺は俺は……どうすれば」
「戦えないのならいい。下がれ、俺がやる」
 ロドルスは前に出て大剣を構える。
 最初に動いたのはカルデラだった。ありえない速度で前進し、動体視力を上回った鋭い一撃は巨体のロドルスを容易に背後へと突き飛ばしてみせる。
 轟音をあげて、壁に衝突した。
 アルデスは砂煙に包まれ、そしてカルデラと間近で目線があった。
「だめだ、だめだ……俺は君と戦えない、戦いたくない……」
 歯を食いしばり、その隙間から弱音がこぼれる。
 情けない。暗闇を彷徨うリイナに絆され、彼女に刃を向けられないでいる。このままでは自分もロドルスも、要塞内の仲間も内側から食い破られて皆殺しだ。分かっているのに、心は戸惑い、傷つき、そして逡巡していた。
 すると、リイナは横に小さく突き出た口から支離滅裂につぶやく。
「へへぱぱんパンが、みんなみんな氏、死死死ぬ。私ももわ、私のパンが殺殺終わりぬへぎ、いや、いいやいやいいいやだ。誰だれ、誰かたたかさあばびび、たす、たす、助けてて、殺殺殺殺、殺し、て……」
 懇願だった。その声質はリイナのもので、化け物の胃袋に収まってもなお消化されず、もてあそばれるように続く苦痛を泣訴する。幼い身に有り余るそれが、解放と安寧を、ただ真摯にアルデスへと求めていた。
「付与(コネクション)ッ!」
 その一瞬で彼から迷いが消えた。出力無視で付与された炎刃は、リイナの肥大化した横頬を容赦なく斬り裂く。
 悍ましい悲鳴をあげながら、リイナは身体中に備えた武装を無作為に振り回す。アルデスは難なく捌ききり、ロドルスが飛ばされた方へと距離を取った。
「おーう。目覚めたか、アルデス」
「……はい。納得が行かないことだらけだけど。でも、リイナは俺に言ったんです。助けて、って」
「なら助けてやろうぜ。お前に言ったんだ。お前自身があの子の英雄になってやれ!」
 瓦礫から抜け出し、肩を回しながらロドルスが戦線へと復帰する。
 汚れはあるが本当に傷一つついていない頑健さに圧倒された。
 体勢を整えたリイナが次の攻勢へと移る瞬間を見極めアルデスは逆に間合いを詰める。
 迫りくるあらゆる武具に対し、培った経験で捌く。背後から追尾するロドルスに負担をかけないよう、出来るだけ多く仕留めていく。
 肉薄しようかという距離まで詰めたが、リイナは地面に自らの肉体を展開。泥のような質感が脚を覆い、二人から機動力を奪う。
「させるかよ!」
 ロドルスは剣を突き立てると、炎が円を描いて泥を溶かす。だが、壁まで侵食した泥は排除できず武具に変形するとその群体が二人を狙いすます。
 アルデスは剣に魔力をこめる。レヴォと相対した時とは出力が抑えめだが、その要領に大きな変化はない。白と黒の線がサインポールのような形を描いて、剣に集約化する。光をまとう刀身を、武具の集団へと解き放った。
「天(あまつ)奈落(ならく)」
 狭い廊下が白と黒の光に満ちる。
 すると武具たちはその形を保てなくなり、ボロボロと崩れ去っていった。魔法の立ち位置に存在する"天奈落"はカルデラの体質に対し、強力な返しができる。ただし、制御が難解だ。一度誤れば魔力の大半が持っていかれてしまう。
 技の成功に確かな手応えを感じつつ、アルデスとロドルスは炎刃をまとわせリイナへと仕掛ける。
 だが、リイナが特殊すぎるのかその体質は学習したようで炎刃が通らない。鍔迫り合ったうえ、以降のあらゆる攻勢に対し彼女は凄まじい対応力と順応力で二人を圧倒する。
 激しい剣戟の末に場所も目まぐるしく変移し、気づけばリイナは行き止まりに追い込まれていた。
 ロドルスに促され、一度間合いを計る。その声には油断や安堵はなく、むしろ警戒心に満ちていた。
「いいか、追い詰めたからといって油断はするなよ。化け物や獣ってのは、追い詰められるほどとんでもねぇ力を発揮しやがる。優勢に思えるが、あの順応力は手に負えない。俺たちにも限界があることは忘れるな」
 言葉通り、ロドルスもアルデスも肩で息をしていた。手数の多さではリイナが勝ち、状況的には優位に見えるが彼女次第で容易に番狂わせが起こる。
 それを打破しなければ、リイナを解放してやれることも、生還すら不可能だろう。
 ならば……。
 打つしかないだろう。描くしかないだろう。
 遍く者を導く極彩色を。
「ロドルスさん。一か八かですが……俺が大技を撃ちます。だからカルデラの隙を作っていただきたいんです」
「"螺旋極光"か。リリ・テレーズから聞いてるぜ。派手な技らしいな。死ぬ前に一度は見ておきたかったんだ」
 ロドルスは大剣を肩に乗せ、口角を大きく吊り上げた。
「やってやろうじゃねぇか。だが、長くは保たねぇからな。合図を送ったら撃て」
 アルデスは無言で頷く。
 それを機に、ロドルスは一人リイナへと立ち向かった。
 激しい戦闘が始まる。二人でも大した傷を与えられなかった相手だ。歴戦のロドルスでも、見るからに劣勢。だが、冷静さだけは欠如していない。自らの役割を果たそうと、無骨な大剣を振るい続ける。
 アルデスも集中する。
 頭のイメージを一致させる。魔力を繋ぎ合わせる感覚。しかし、捨て去ってはいけない。
 要素を統合せず、魔力を吸い上げ、重ね、幻想で現実を侵食させる。
 瞳に、真っ白な炎が宿る。
 だが、その視線の先でロドルスがリイナに切り刻まれる瞬間が映った。
「ロドルスさん!!」
「構うなァ!! お前は、お前しかできないことに集中しろ!」
 放たれた檄に応えるよう、アルデスは構えを取る。脚から、腕から、胴体から、眩く全てを飲み込むような虹の光が周囲を轟かせた。
 その時、ロドルスが虹に意識を奪われたリイナの体勢を崩した。
「今だ! アルデス!!」
「ォオォオ!!! ……螺旋ッ!!」
 大きく踏み込む。呼吸を忘れ、虹の波に体を委ねた。
 そして、虹は解き放たれ……ようとした。
 だが虹はやんだ。
 アルデスは硬直してしまったのだ。他ならぬリイナを見て。
 今更、後悔が再発したわけじゃない。決意を覆らせたわけじゃない。ただ受け入れがたい事実がアルデスの脳内と情緒を奇襲した。
「なんで……どうして、なんでだよ、リイナ!」
 反射的にリイナは擬態をする。
 あまりにも唐突のことで、異形化にまで移す余裕がなかったのだろう。筋肉質な男の腕がその幾重にもある腕から生えていた。
 アルデスが衝撃を受けたのはそこではない。
 その手だ。見覚えがあった。いや、忘れるわけがない。決して脳裏に焼き付いて離れない"十字傷"が、アルデスに強い動揺をもたらした。
「君が……君がっ、グレン教官を殺したっていうのか!! リイナぁ!!」
 その十字傷は忘れられない。腕の特徴も、記憶の中にあるグレンのものと一致していた。別人なんてありえない。否定できるものなら、否定したところだ。
 剣を落とす。戦意が、一気に途絶えてしまった。
 リイナはそれを見逃すはずが無い。無力化されてしまったアルデスに向け、串刺しにするべく得物へと変形した泥が放たれる。
 それを回避する気力はない。螺旋極光を中断した影響で徐々に意識が朦朧となっていく。
 初めて、戦場で本物の死を知覚する。
 終わりがアルデスの肢体と脳を包みこんだ。
「アルデスッ!!!」
 その声と共に薄くなった意識が戻る。
 やがて唐突に眼前に飛び込んだのは、アルデスを庇い無慈悲に串刺しにされるロドルスの姿だった。

『続』