雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

Road of Revive 二章 『星撒きの巫女』/第三話 出立

 

 

 レヴォの一件から四日後。

 アルデスたちの仮分隊の名前が決定された。

 その名は"ミュルグレス"。そう、セナ・テレーズの愛剣から拝借したのである。そのことについて隊員からは不満はでなかった。関係者のリリも文句は一つも零さず、むしろ賞賛した。

 その後は何事もなく分隊ミュルグレスは、前線へと出撃する。

 しかし、悩みのタネがない訳ではない。西部戦線へと向かう列車の中で、アルデスは窓の外へと視線を投げるレヴォの横顔を一瞥する。

 あれから何を考えても、レヴォの抱える闇へは到達しない。通話先も判然とせず、それ以降彼には不審な動向もみられない。あの密告が何を意味するのかも分からなかった。

 だが、踏み込む勇気はない。アルデスはレヴォに距離を感じている。冷たく突き放すような一方的なものをレヴォからだ。故に切り出し方に苦慮した結果、本心を引き出す時間を作れなかった。

 グレンの死、レヴォの不可解な動き、西部戦線への恐怖や緊張。

 アルデスは抱え込んだそれらを吐き出すようにため息を漏らした。

 やがて、拠点である"要塞"が見えてくる。

 列車から降りると、そこは熱気に包まれていた。生の戦場の音、空気、匂い。何もかもが新鮮で鮮烈であり、何より無骨であった。付き添いの教官に促され、拠点へ入り、指揮官の部屋まで案内される。

 総指揮官"レンドヴェル"との軽い挨拶を済ませ、早速仕事場へと通された。

「分かっているとは思うが、君たちは後方支援だ。物資の運搬、負傷者の搬送や治療、市民が襲われているなどやむを得ない事情があれば交戦も許可する。ナイツロードで学んだことを十全に活かしたまえ」

 ミュルグレスの隊員は一様に返事をする。

 教官それに頷き、現在はVICEによる攻撃もないことから、自由時間を言い渡される。

 レヴォは風のように消え、リリも要塞を見学すると人混みにの中に消えていった。

 アルデスはというと手持ち無沙汰だ。とりあえずリリに倣って、要塞を見学しようとした。

「お。お前さんか、例のナイツロードの後方支援ってのは」

 ヌッと背後から恰幅のいい影がアルデスを覆う。振り返ると、そこに獅子頭の獣人が豪放な笑みを湛えていた。

 重そうな甲冑に、使い古された大剣。装備に刻まれた戦傷たちは、蓄積された死地の重荷を一身に背負っているようだった。

「は、はい! ルスベ・アルデス。所属はナイツロード、ミュルグレス分隊です! 階級はありません!」

「なんだ。ヤケに青臭いツラしてると思ったら新兵か、お前さんは」

 獣人は軽薄に顎を引いた。何か打算のあるような含みの言い方であり、少なくとも合致はしなかったのだろう。

 アルデスも漠然と感じ取り、気まずそうに視線を逸らす。

 だが、次の瞬間獣人はニッと再び口角を吊り上げた。

「あっはっは!! 純粋なやつだお前さんは! 別に期待してたわけじゃねぇよ。元々、俺だってお前さんたちの素性は知ってる。俺も所属はナイツロードだからな」

 獣人が誇らしげに胸を張ると、アルデスも一転瞳を輝かせる。

「そうなんですか!? 俺たちの先輩!?」

「そうなるな。まぁ、俺も多忙でレヴィアタンには長らく帰還していないが……」

 獣人の巨躯が近づき、その鉤爪で器用にアルデスの瞳孔を広げる。もちろん、突然で動揺はしながらもお互いの目線の丈が合わさる。

 獣人は新種の虫に遭遇した研究者のような弾んだ語調でアルデスに語った。

「俺がいない間に、面白い新入りが入ったじゃねぇか。テリナ支部にも、バルツン支部にもこんなやつはいなかったぜ。お前さん、"別の何かが混ざってる"だろ」

「え?」

 一瞬、キョトンとするアルデスに獣人は鉤爪を離しながら続ける。

「長年戦場を渡るとな、この世界で見た理だけじゃ通用しない物や存在と次々に出会う。だからそういう知見も自然と身につくが……特にお前さんは面白い。具体的なことまでは把握できんが、"複雑な事情"を抱えてるな」

 その言葉が意味する出来事は即座に思い当たった。

 記憶。螺旋極光を完成させて以来、記憶に焼き付いた少女の映像。ずっと振り回され続けているこの存在と正体。追ったところで、一人の力では限界が目に見えて若干の諦念もあった。

 だが、この獣人は何かをしっている。その理屈が本当なら、映像と結び付く手がかりになるかもしれない。

 アルデスは思わず前のめりになる。

「俺、分からないことがあるんです! 懐かしいようで無関係のようで……でも忘れられないんです。それなのにヒントも手がかりもない。本当に俺のものかも分からないから暴いていいのかも分からない。俺どうすればいいか……」

 獣人は沸騰するアルデスの肩へと宥めるように手を置く。

「ま、そこは行動次第だな。飽くまでもこれは俺の見立てで、それが真実かを探る役割はお前さんのものだ。異質であることと、お前さんの意思は別物。だから、荷物に感じる必要はないんだぜ」

 その言い分も分かる。きっと、この不安定な感覚もいずれ判明するだろう。

 しかし、自分の事となると簡単には割り切れない。腑に落ちるまで問い詰めたい気持ちを堪え、拳を握った。

「すみません。ちょっと熱くなってしまって」

「いいってことよ。ま、これからよろしくな。初めてだからって気負いすぎんなよ」

「……はい!」

 そういって獣人は通り過ぎようとしたところで、何か思い出したように振り返る。

「悪い! お前さんに名乗らせて、俺が名乗り忘れてたよ。俺はロドルス。ロドルス・リーゲル。短い間だがよろしくな」

「よろしくお願いします。ロドルスさん!」

 そういってロドルスは片手をヒラヒラと揺らしながら消えていく。

 その背を見つめながら、まだ胸のわだかまりが中和できていない自分に失望する。

 戦いに響かないようにとアルデスは頭を振り両手で頬を叩く。

「……切り替えろ、ここは戦場だ」

 そう言い聞かせ、要塞の見学へと意識を戻した。

 

 

ーーー

 

 

「街、ですか?」

「あぁ。物資の供給拠点の一つだ。総指揮の命令でお前さんたちにも見てもらいたい」

 そうロドルスに案内され到着したのは、"アズリパ"という西部戦線の南部にある街だ。

 拠点という事もあり、聳え立つ壁面や、設置された重火器の数々は重々しい印象を与える。それでも中に入れば普通の街とは変わらない、人々の営みが展開されていた。

 同行するリリやレヴォは文化の違いや有り様に関心を示したが、アルデスはどこか浮いたような気分だった。

「ま、お前さんらは適当にぶらつけ。時間になったら広場に集合して要塞に帰るぞ」

 レヴォとロドルスはそそくさとその場を去りリリとアルデスだけが取り残される。

「アルデス、どうする?」

「どうしよっか。せっかくならお店でも回ってみる?」

「うん! 私、アルデスとお揃いのネックレスほしいな」

「あ、あぁ……うん。探そっか」

 店を探そうとリリと歩みを進めようとした瞬間、二人は急に子供たちに囲まれる。

「なぁなぁ! それ本物の剣!? 杖!? 魔法使えんの!?」

「私、将来は剣士になりたいの、教えて!」

「もしかしてないつろーど、えいゆうきかんってやつ!? いいなあ! 俺もなりたい!」

 瞳を輝かせた子供たちから、矢継ぎ早に質問を投げかけられる。あまりの勢いと眩しさに、アルデスは目が回る思いで対応する。

「え、えーっと……お、落ち着いてぇ……」

「ちょっとー! 全員一気に質問したら、私たちも困っちゃうよー」

 リリが手を腰に当て、子供たちを柔らかい言葉で抑える。その意図を理解し、興奮も鎮まった子供たちは順番に質問するようになった。

 その熱意を無下にする訳にもいかず、丁寧に憧憬の視線へ応えていると次第に日が傾き始めてきた。

 最後の子供が去って行く様子を見守っていると、リリは力無く嘆息を吐いた。

「もう……せっかく、お揃いのやつ探そうと思ってたのに」

「まぁまぁ。今度は二人で一緒に来よう。その方が時間に余裕持てるだろうし、ゆっくり選べるだろ?」

「そうね。ふふ、なんだかそっちの方が楽しみで疲れ吹っ飛んだかも」

 そんなやり取りも束の間、集合時間も近くなり二人は歩みを寄せながら中央広場へと向かっていく。

 道中アルデスはふと、思い至ったことをこぼした。

「そういえば、あの子供たち元気だったね」

「えぇ。前線だからって身構えてたけど、街の活気とかも相まってなんだか拍子抜けしちゃったかも」

「俺も、もっと住民の心が戦いに染まってるって思ってた。でも実態は幼い子たちの体も心も平和そのものだ。……だからなんていうのかな。余計に守らなきゃって思えた。あの子たちが平和に暮らせる世の中を」

 アルデスは手のひらを見つめながら握る。

 無垢な笑顔と瞳。そして夢や希望。そんな当たり前が、当たり前な世界。それを守り抜き、いずれは切り開くこともするだろう。子供たちが暴力や奪い合いに脅かされず、平等に目標を目指せる世の中を実現させる為に剣を取る。

 そんな夢想を焼けた空の中で決意に変える。自分にできること。できるように工夫し、努力すること。アルデスの中でそれは不変だ。

 そんな彼の横顔を見たリリに自然と笑みがともった。

「アルデスらしいね。そういうところ」

「そうかな? どうだろ」

 軽く笑うアルデスに、リリは腰に両手を結んで嬉しそうに語る。

「貴方は変わらないもの。真っ直ぐで、人の痛みが分かる。そんな風に優しいから、きっと寄り添えて、知らない誰かの為に行動できる。そんな貴方が一緒にいてくれるのって……」

 リリはアルデスの前に小走りで躍り出る。

 そして弾けるような笑みを向けた。

「とっても、誇らしいな」

 アルデスの頬に朱色が帯びる。

 それは彼女の本心から出た言葉だと、瞬時に理解できる声色だったから。何よりリリの心の成長が実感できた。前を向き、希望に満ちた明日を見据える。あの闇色に染まった瞳と心は、もうどこにもなかった。

 彼はやり場のない気恥ずかしさと喜びに頬を掻く。

 するとリリはアルデスの片方の手を握ってみせる。

「さ、早く行こっ。みんな待ってるよ!」

「うわわ! ちょっ、ちょっと!」

 そう言いながらリリは溌剌に、アルデスと共に中央広場の道を駆けていった。

 

『続』