雑置き場

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Road of Revive 二章 『星撒きの巫女』/第四話 奈落の戦線


 拠点である要塞に帰還した翌日。滔々と時間が流れるのを許すまいと、VICEの激しい攻勢が始まった。
 その攻防は苛烈を極める。一進一退。敵味方陣地問わず怒声や血、銃撃と鉄同士がぶつかりあう音が支配し、屍が戦場に積み上げられる。
 折り重なる死の匂いに呼び寄せられたのか、天は徐々に灰色に染まっていく。雨は降らずとも、戦場となった荒野は吸血鬼のように夥しい血で乾いた土地を潤わせていた。
 一方、アルデスたちも忙しなく動く。武器や物資の運搬、怪我人の搬送、時には要塞に最接近した魔族と刃を合わせた。
 巡り巡る戦況に翻弄されていると、戦場から音が遠ざかっていく。やがて兵士たちの顔からも険しさがほぐれ、疲労と安堵の吐息が次々と聞こえてくる。
 目まぐるしかった環境に、どうやら一区切りついたようだ。
 それにつれられ、アルデスたちミュルグレス隊も体からも吐息が漏れる。
「おっと、ミュルグレス隊。戦いはまだ終わったわけじゃないぜ」
 後方で運搬の指示を出していたロドルスが、足音を立てて口の片端をあげる。
「ここは戦場だ。殺し合う場所だぜ。死ってのはな、気が緩んだ瞬間をここぞとばかりに狙ってくるもんだ。分かったなら、弾薬庫の整理だ。行って来い!」
「は、はい!」
 そういってミュルグレス隊三人は弾薬庫へと足を急がせる。
 自分たちの仕事が落ち着いたのも、既に日が沈みかかる時刻だった。
 アルデスはリリとレヴォと別れ、一人要塞を徘徊する。彼の頭の中には整理したいことで溢れていた。グレンの戦死や生の戦場の空気感からの刺激、レヴォとの関係。

 容易に片付けられない問題に、少しだけ頭を抱えている。今後のことも、周囲やその個人も含めてしまう思考は柔軟さに欠ける今の彼には困難な課題だったようだ。落胆に肩を落として、大きなため息をついた。
 気づけば要塞の巨大な入口まで来ていた。トラックが衝突しても傷一つつきそうにない頑丈な鉄鋼と、魔法による加護や強化が付与された両開きの入口は厳つい。
 まちまちな人気の中を漫ろ歩いていると、不意に青年と肩がぶつかる。
「あ! す、すみません」
「……悪いな」
 素っ気なく青年はそう言うと、アルデスの顔をジロリと見る。
「? な、なにか?」
 よく見れば不思議な雰囲気の青年だ。右目にある幾何学な模様、涼し気だがどこか吸い込まれそうな瞳。きめ細やかな髪には、漆黒の兜が異質に鎮座している。
 数分目を合わせていたものの、お互いの間には奇妙な沈黙が流れる。
「アルダー!!!」
「……ベルベットか。今行くから待て」
 青年は冷静にそう呟き、スタスタと溌剌に手を振るゴーレムのような生命体の下へと去って行く。
「なんだったんだろう……?」
 合流して酒場の方角へと消えていく二人を見つめながら、アルデスはひたすらに疑問符を浮かべる。
 すると唐突に肩へと腕が乗せられた。
「あいつはアルダとベルベットだ。お前と同じナイツロード所属。かなりの手練れだぜ。ま、俺のほうが強いがな」
「うわわっ!? ロドルスさん!?」
 そのリアクションに満足したのか、獅子頭の獣人は豪快に笑う。
「ハハハッ!! すまんな、俺はどうにも興味を持ったやつには世話焼きたくなる性分なんだ。で? 昼間の探索じゃ飽きたらずまた冒険かい?」
「あ、そういう訳じゃないんですけど……」
 まとまらない気持ちに思わず目を伏せる。
 ここは戦場だ。自分のわだかまりを発散させる場所じゃない。弱さを見せると、段々と自分が惨めに弱っていく気がした。
 戦力に数えられなくなるのは、自分の本心とは合致しない。しかし、吐露しないとそれはそれで精神も衰弱するだろう。
 葛藤するアルデスの表情を見たロドルスは困ったようにポリポリと頬を掻く。
「まぁ……なんだ。確かに気を緩めるな、とは注意したが状況さえ弁えりゃそれでいい。それに溜め込だらそれはそれで毒だ。解毒はないが、鎮痛くらいの役割ならしてやれるぜ」
 ロドルスの気遣いが痛み入る。
 それにこのままではまともに剣が振れなくなる。そうなれば、自分が守ると決意したものさえ守れないだろう。
 それは納得がいかない。
 アルデスはそう思い、口を開いた。
「あの、実は俺……」
 突如ギギッと巨大な鉄が動く音が鳴り響く。砂煙をたてながら、鉄の門扉が開門されていく様をアルデスは振り返って見つめる。
 完全に開くと、そこへ兵士の集団と布切れに包まれたボロボロの子供たちが要塞へと入場してくる。
 アルデスは目を凝らす。子供たちは一様に生気無く俯き、瞳から光が消えていた。何故、自分たちが生き残ったのか分からない……そんな身の丈に合わない絶望を纏っている。
 ロドルスは不快げに顔をしかめた。
「……戦争孤児だな。近隣の村がVICEに占領されたって聞いたが、まだ間に合っただけいい」
「え、それはどういう……」
 獅子頭はその派手さに見合わない悲観的な顔付きになる。
「VICEってのはな、慈悲深い連中じゃねぇ。連中の前で命を晒せば、待ってるのは死が生温いと思える程の苦痛だ。実験材料にされ、体を好き勝手にいじられ、しまいには人間を失う。そして俺たち同じ人間と殺し合わせるのさ。……そんな輩と戦う度に、慟哭や悲鳴、懇願が聞こえてくるんだ。早く殺してくれ……ってな」
 アルデスは胸のあたりをギュッと掴む。
 ロドルスの語るVICEの全容はこれだけではない。彼らにとってありふれた非業の一部なのだろう。だからこそ、受容できない。脳が、先ほどの孤児たちの顔をありありと想起させる。
 街で出会った無邪気で無垢だった子供たちと重ね、その落差に胸が締め付けられた。
 その上で何を伝えたいのか、アルデスの中で既に明白になりつつある。ロドルスもそれに気づき、やりきれない思いで頷いた。
「……分かったとは思うが、あえて言うのならあの子供たちはまだマシな方だ。命をもてあそばれる事への恐怖から、救ってやれただけな」
「VICEは、一体そんな事をしてまで、何を望んでるんですか……」
 震える声でなんとか言葉を紡ぐが、全身に震えは伝播していた。
 ロドルスは憎々しげに眉を寄せた。
「世界の統合、あらゆる次元の征服。VICEの魔王を統べる王ってのは、強欲らしいな。……こんな所業を低俗な欲望で別の世界でも振る舞ってると思うと余計に腹が立つぜ」
 アルデスはもう言葉を持っていなかった。ただ、現実に気圧されめちゃくちゃになった心情を理性で抑えつけるので必死だ。
 冷静になれと自らに言い聞かせ、ようやく心にほとばしった炎を鎮める。
 既に、ロドルスと会話をする気力も奪われていた。

 その後は酒場への誘いを辞去し、持ち場へと戻る。
 昼頃に始まった戦闘以降、何も食べていない事に気づき渡された携帯食を取り出す。しかし食欲も沸かない。仕方なく、食堂へと向かいパンを二つほど貰って持ち場で食べようとする。
 その道中、要塞の複雑に入り組んだ廊下を歩んでいると不意に目の端に座り込んだ女の子を発見した。
 ソロリソロリと近づき、そしてはっきりと目に映る。
「あの子は……」
 そこにいたのは、先ほど味方に保護されていた戦争孤児の一人だった。

『続』