雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

Road of Revive 二章 『星撒きの巫女』/第六話 暗天

 

 仮眠を取り、身支度をすれば、既に時刻は深夜を過ぎている。

 遅刻しないように飛び出し、集合場所についた頃にはレヴォとリリが待機していた。

 無言のレヴォを気にしながらリリと談笑していると、ロドルスと指揮官であるレンドヴェルが怜悧な目付きを湛えて現われた。

「ふむ。揃ったようですね、ミュルグレス隊」

「はい! ルスベ・アルデス、リリ・テレーズ、レヴォ・グレイヴル。体調や怪我など問題ありません!」

 レンドヴェルは満足げに頷く。

「よろしい。では君たちには夜の襲撃の備えをしてもらいます。昼間の戦闘時と大した変化はありませんが……警備や警護など、他の戦士たちと同じく積極的な実戦を許可します」

 ミュルグレス隊員たちに緊張が走る。

 今までは運搬作業が主だったが、今度は魔族と対面する。繋ぎや撃退ではなく、本格的な命の奪い合いが発生するのだ。

 一同、動揺と緊迫の色は濃い。殺気や殺意など、訓練で習うことはあっても本物に触れる機会は少なかった。形は違えど、相手も感情や言葉を理解し、痛みを覚える存在。戦争という殺し合いが、自らの倫理や価値観を破壊していくのだ。その恐怖心は隊員全員が共通に意識することだった。

 本番になる前故の冷静さは、やはり得物を握る手に力を宿らせる。

 まさにそれを知っていたかのように、レンドヴェルはミュルグレス隊の面々に柔らかく微笑んだ。

「ただし、無茶や深追いはしないこと。引き際も肝心です。見極めることが、後の戦局を左右します。必ず生きて帰ってきなさい。私からは以上です。……ロドルス」

「はっ」

 あの豪快な人格とはうって変わって、軍隊のように背筋を伸ばして応答する。

 レンドヴェルはロドルスの片腕を軽く叩いて鼓舞した。

「彼らのことは貴方に一任します。適当であるという私の独断ですが……導いてやりなさい」

「分かりました。任せてください」

 ロドルスが快諾すると、レンドヴェルは再びミュルグレス隊を一望し「頼みましたよ」とだけ言い残して司令室へと戻っていく。

 ミュルグレス隊をまとう空気が弛緩し、一様に肩の力が抜けたように吐息をついた。

「おうおう。まだ戦は始まってねぇぞ! 夜襲ってのはいつ起こるか分からないもんだ。ほら! 分かったならさっさと行け!」

 ロドルスの叱咤を受け、アルデスたちミュルグレス隊は物資の運搬へと移る。

 もちろんだが襲撃なければ剣を握るきっかけはない。肩透かしで終わらぬよう、アルデスは目を盗んではストレッチをしていた。

 指定の場所への運搬が終わる頃、アルデスの視界にレヴォがひっそりと抜け出していく姿が映る。

 ロドルスたちの会話が脳裏によぎり、自然と尾行する足取りとなった。追いかけていると、周囲から人や音が遠ざっていくのが分かる。

 かなり接近した頃には既に人気もなく、要塞の取り付けの照明が微々たる光を放つような、辺鄙な場所まで来ていた。心地よい夜風吹く外の空間だ。

 すると唐突にレヴォの足が止まる。物陰に隠れ、成り行きを見守るが、極端に挙動は減退していた。

 あの携帯で再び通話するのか? そうなればタイミングを図って取り上げ、通話先の確認もできるだろう。アルデスとしては不安要素は消しておきたい。だが、そうなればレヴォとの決裂は明らかだ。戦いに集中するなら必要なことだ。しかし……。

 逡巡し、焦る視線は次の一言で瞬時に戻った。

「……おい。そこにいるのは分かってる。出てこい、ルスベ・アルデス」

 今間違いなく、レヴォはアルデスの名前を呼んだ。困惑に陰へと身を寄せることもできなかった。尾行されていたことを察知していた、それともそう仕向けるようにしたのか。

 アルデスは迷った挙げ句、その身を晒すことを決意した。

「……レヴォ。どういうことだよ」

「どういうこと、か。我らの隊長は一体全体何に対して合点がいっていないのかな」

 挑発的な口調。レヴォの見下すような視線はアルデスを射止めていた。

 冷たい夜風が二人の間を吹き抜ける。

「わざわざ、俺の口から言わせるのか?」

「へぇ? って、いうのは?」

「……君が俺の尾行に気づいてたってことは、あの時も俺の存在に本当は気づいてたんだろ? 君は俺に何か狙いがあるから露悪的な言葉選びをしたんじゃないのか」

「恐ろしい誇大妄想だな。そもそも、エビデンスに欠けてる。お前のそれは推論の域を出てないんだよ。俺が存在に気づいていた……なら、その証拠を提示してもらおうか」

 不敵に、余裕たっぷりにレヴォは嘲笑する。このバカが根拠なんて大層なもの待ち合わせる訳ないのだから。その事実がレヴォの自信を増長させる。

 だがその態度はアルデスの中でその想像に真実味を帯びさせる一方だった。そうなれば、この一連の行動の裏には一体どんな思惑が息づいているのだ。

 手を力強く握りしめて、アルデスは語気を荒げた。

「なんなんだ。君は一体何が目的なんだ。裏切りとか、密告とか、その言葉が繋がった先に君は何を見てるんだよ! レヴォ!!」

 フッと蝋燭から火が消え去るように、レヴォの表情から笑みが失せる。やがて、代わりに浮かんだ情動はあまりにも複雑だ。

 唯一挙げるとするならば、それは憎悪の色に満ちている。その瞳の奥でよぎる背景には、仄暗い独善が横たわっていた。

「お前が気に食わないんだよ、ルスベ・アルデス」

「……は?」

 アルデスは耳を疑う。

 レヴォは何度も噛み締めるように、恐ろしく低い声で言い切った。

「お前が気に食わない。お前を初めて見た時から、何もかも。大した異能も、才能もない。本気でそれを努力だけで埋め合わせようとする愚かな性根。お前みたいな人間は、力のある奴の下で傅くのが関の山だ。その癖に、何度も何度も何度も何度も、俺の前ででばしゃばりやがる! 鬱陶しくてしょうがないんだ! お前は!!」

 まくし立てるようにレヴォは言葉を投げつけてきた。ずっと殺してきたはずの本音は苛烈さを得て、知らぬ間に与えてしまった傷心でもある。

 アルデスは懺悔する。だが、今の彼の前で罪を認めて、謝って許されるとも思わない。

 しかしレヴォの悲鳴に寄り添うことはできるはずだ。その行き場のない気持ちがアルデスに向けてのもので、自分でしか発散できないのならその暗い感情の受け皿くらいにはなれる。

「悪かった、とは言わないよ。君に与えた傷を癒そうとも思わない。多分、それこそ君への否定に再び繋がってしまうから」

「……」

「けど、俺は君の意志も尊重する。その気持ちをぶつけたいなら、俺は迎え撃つ覚悟だ。でもその前に聞かせてくれ」

 アルデスは一つ呼吸を挟んだ。肺に冷たい空気が満たされていくのを感じながら、レヴォと視線を交差させる。

「君と密告者は一体何を企んでいるんだ?」

 その問いにレヴォは一瞬怯むものの、切り替えは早かった。

「じきに分かるさ」

 レヴォの言葉と破顔の不穏さは、隠しきれないものだった。悪寒が走り、動悸が高鳴る。

 それはつまりどういう意味だ。何かを予期した発言? アルデスは信じられないというように声を震わせた。

「まさか、君は……!」

 突然、要塞の中から爆音が響いた。爆発音の場所から黒煙があがり、周囲が騒然となる。

 アルデスはレヴォを睨めつけた。

 しかし、意外だったのはレヴォの表情には驚愕と戸惑いが浮かんでいたことだった。

「バカな……いくらなんでも早すぎる」

「……何が、早いんだ?」

 その問いかけにレヴォはすぐさま冷静さを取り戻す。

「言うと思うか?」

 言い返したいのは山々だが、今はそんな状況でもない。現場に向かって対処しなければとアルデスは考え、踵を返した。

「おい、アルデス」

 腹底に響くようなその声質はアルデスに足を止めた。

「逃げるのか?」

「そんなことっ、言ってる場合じゃないだろ!」

「そんなこと? お前はさっき俺に大見得を切ったようだが、その上での発言か?」

 奥歯を噛みしめる。優先されるのはもちろん要塞への被害確認と対応だ。

 だが、レヴォへの言葉にも責任を持たなければならない。

 せめぎ合う二つに苦悩していると、レヴォは鼻を鳴らしてゆっくりと構えを取る。

「知りたくはないのか? 俺が誰と繫がって、そしてどんな結末を目的としているのかを」

 ……そうだ。それを知れば、レヴォと敵対することもない。発端は判明した。結末もなんとなく予想できる。だが、彼の口から直接問いたださなければアルデスは気が済まない。

 もう戦わない理由もなかった。レヴォへと勢いよく振り返る。

「……言うと約束してほしい。俺が、君に勝ったら」

「望むところだ」

 二人は激しい視線を交錯させる。

 そこにはもう仲間という繋がりは失せ、冷ややかな敵意だけが支配していた。

 

 

『続』