雑置き場

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Road of Revive 二章 『星撒きの巫女』/第七話 嘲笑う強襲


 
「……来い」
 レヴォが命令口調に告げる。
 すると、蒼い槍が迅雷を描きアルデスとの間合いに飛来した。
 未だ雷を放つ槍を強く握ると、縦横無尽に振り回し宙を裂く。
 淀みも、歪みもない動作には明確な殺意が宿る。レヴォの瞳は憎悪に支配されていた。
 アルデスは応じるように抜剣する。
 それを合図と見たレヴォは躊躇なく踏み込んだ。だが、リーチがある分浅い形だ。
 鋭い突きがアルデスの胴体を狙う。主に内臓がある付近への正確な突きだ。看破すれば分かりやすい。
 捌ききった後、攻撃に転じようとアルデスは間合いを計った。
 不意に彼の中に槍術を得手としていた女団員の言葉が蘇る。その構え方は彼が積み上げた研鑽の表れであり、アルデスの前に容赦なく聳え立った。
 レヴォの矛先は常に地面を向く。それは彼がどれだけ槍術への見識が深いことかを証明していた。
 この状態では起こりや距離が把握しづらい、圧倒的な不利の間合い。
 だがそれを打破しなければならない。
 魔法による身体強化、魔法への耐性も上げる。
 剣を腰に差すような構えで、レヴォに突進し逆袈裟斬りを見舞う。しかし、その一撃はヒラリと躱された。レヴォの槍は蛇のようにアルデスの剣に絡みつき、剣先が地面に拘束される。顔面が隙だらけの状態、顎の真下から上昇した穂先が突如として襲うが間一髪でそれを回避する。だが顎に血が走り、強化魔法がなければ脳天まで貫かれていたことを知った。
「ぐうっ!?」
 今度は槍の取手の部分を攻撃に回し、アルデスの脇腹を急襲する。モロに貰ったが、骨までは達しなかったようだ。だが、攻撃は止まない。槍に雷が再び走り、槍と接触したままのアルデスは感電を察知。右腕に魔法耐性を集中させ、"虚渡り"で縦になるよう体を宙に投げ出す。
 右手で掴んだままの槍に激しく雷が迸る。痛みや痺れを覚えながらも、今度は両脚に耐性を移動させ短い柄へと着地し、再度跳躍して地面へと帰る。だが、完全に防御できた訳ではなく両脚に軽い痺れが残り膝を屈した。
「終わりか? アルデス」
「まだ……少し膝をついただけ、だろっ」
「指揮官も言っていたはずだ。引き際も肝心だと。今、それが実践できる貴重な機会じゃないか。お前はそうやって、物事を経験と昇華して定着させるのが得意芸なんだろ?」
 レヴォは侮蔑を込めて鼻で笑ってみせる。
「ここで披露してくれよ。その得意芸をさぁ!」
 槍を勢いよく横に薙ぐ。軌道上に空間が裂け、飛び出た雷の群れが我先にとアルデスの周囲に殺到した。
 途端、背後に殺気を覚える。レヴォだ。素早い突きをなんとか防ぐが、今度は落雷がアルデスを襲う。
 五感をフルで行使し、空気の厚みや振動など、些細な変化を魔法で鋭敏化させた知覚で対応する。だが、完璧な訳もなく、徐々にアルデスは劣勢となった。
 しかし、反撃の隙は確かにある。雷とレヴォの攻撃を捌く中、脳内は異常な程に冴えていた。
 囲んだ雷の周囲を俊敏に動き回るレヴォは、攻撃と消失を繰り返す。一度見誤れば致命傷だが、その分挙動は見極めやすい。だが賢い彼がそんなあからさまな戦法は使わないだろう。
 故に、その作為的な攻勢の狙いは消耗だと気づく。看破したからには、易々と策略に踊らされる理由もない。
 アルデスはレヴォの居場所を特定するために神経を研ぎ澄ます。
 左斜め後方に空気を一段と裂く強烈な気配を感知し、そちらへ振り向く。
 目が合ったレヴォは動揺したが、出方を瞬間まで伺う。やがてアルデスが正眼に剣を構え逆に向かってくる姿勢を取った。
 明らかに不利な構え方だ。
 誘っているな……。そう考えたレヴォは突きで仕留めるべく、敏捷の魔法を重ねがける。
 だが、それが誤りだった。
 一点の方向に向かう穂先はどれだけ俊敏であっても、フルで強化されたアルデスの動体視力にはしっかりと捉えられている。
 穂先の部分を容易に握ってみせた。
「なぁっ!?」
 ありえない。どれだけ魔法の後押しがあろうと、この突きを視力だけで捉えるなど常人には到底不可能だ。
 アルデスを甘く見積もっていた。
 血が滴っても握力は弱らず、むしろ刃先を破壊する勢いだ。握られたレヴォの槍はピクリとも動かない。その制止の影響で周りの雷はその轟きを潜ませた。
 瞬時に、レヴォは得物を捨てアルデスのみぞおちめがけて拳を飛ばす。
 だが、拳が届く前にレヴォの小手へと強い衝撃が走った。冷静になり視線を向けると、レヴォの槍をアルデスが握り柄の部分を構えている。
 攻撃は間髪なく、怯んだ隙を狙い腕や脚などに柄を打ち込む。剣を得意とするアルデスとは思えない程の槍の器量に、レヴォは歯噛みする。
 その怒りのままに脳天へと振り下ろされた槍を両手で挟んでみせた。体勢を取り放った回し蹴りはアルデスが片腕で防ぐが緩くなった隙を狙い、槍を取り返す。
 槍に回転を掛け、アルデスに間合いを強要する。お互いに見合う形となった。
「どうした。得物を奪い返されて手がなくなったか?」
「今の俺がそう見える?」
「いいや。そうは見えない。だからこそ業腹だ。俺如きに本気を出す価値も見出せないか?」
 アルデスはかぶりを振る。
「そんなわけ、ないだろ。もっと時と場所を選べたはずだ。これは君が身勝手をはたらいて作った戦場だろうに」
「だからなんだ? まともに戦う理由がないとでも? お前は、ただ巻き込まれただけの他所他所しい人間だと、割り切るつもりか?」
「そんな都合のいい考え方ができるなら、君に無責任な言葉を投げかけたりしない」
「その時点で無責任だと気づけよ。都合がいいから、お前は俺の決闘を受けたんだろうが」
 アルデスはレヴォを睨め付ける。揚げ足な理屈は正しいだけで、その裏にある醜い承認欲求が見え隠れしていた。
 何よりアルデスの言葉は今の彼には何一つ届かない。
 再度の確信の末、ゆっくりと片足を下げ下段に剣を構えた。
「……君がそう思い込むのなら。俺にはもうこれしかない」
 刃と柄の合間から線状の白と黒が漏れ無造作に空間で泳ぎ始める。
 レヴォの頬が不気味に歪む。
「螺旋極光、の応用か?」
「……知ってたのか。螺旋極光を」
「むしろ、あの七色の洗礼を受けて忘れる方が無理がある。ずっと焼き付いて離れないんだよ……目障りな極彩色がッ!」
 レヴォの周りに白い柱が現れ雷が龍のように巻き付く。螺旋に動いたその雷は集約し光となり、純白の輝きを生んで槍が纏った。
「その輝きを支配する資格があるのは、お前だけじゃない!」
 轟雷はレヴォの万感を象徴するように大気を、要塞を、心胆を震わせた。
 リリといい、レヴォといい。
 何故、こんな逸材が落ちこぼれの枠組みだったのか。頭によぎる疑問は即座に、刃に描かれた白黒の奔流によって掻き消された。
 奔流はサインポールのような形と色を帯びて、一筋の柱となる。
「天(あまつ)……」
「壱式雷虎……」
 極限の集中。お互いの技量の衝突。研ぎ澄まされた感覚と神経は、決着の行方を物語る。
 千差万別、生まれ滅びゆくその狭間に在る終着を求めて。
 二人はその名を昂然と解き放つ。
 ……が。
「っあ!?」
「なんだっ」
 その解放は二人の間に現れた土壁が阻んだ。集中力が途絶し、アルデスとレヴォ両名の魔力が霧散する。
「こんのっ! バカどもお!」
 アルデスはその声圧に思わず体を萎縮させる。目線を土壁の真上に向けると、そこには腕組みをしたリリが仁王立ちしていた。誰がどう見てもご立腹な様子で。
「こんな大変な時に身内で喧嘩とかありえないっ! 本当に何してるわけ!?」
 土壁が砂へと還元され、降り立ったリリはアルデスの頭をバシッと叩く。レヴォバツが悪そうに視線を逸らしていた。
「ご、ごめん! そんなつもりじゃなかったんだ!」
「言い訳はいい! アルデスとレヴォ! さっさと動く! 要塞に"死の派閥"の兵器が乗り込んできたわ! 奇襲だからもちろん劣勢! 戦力も不足してる! 疲労してる先輩たち以外でまともな戦力になれるのは私たちくらいよ!!」
 興奮冷めやらぬ様子で、リリは二人に概要を伝える。
 その状況にレヴォへの敵意は一気に失せてしまった。
「行くわよ! アルデスはロドルスさんと合流して別の区画の兵器をお願い! 別の区画は私とレヴォで対処するから!」
「あ、あぁ。分かった!」
 早歩きでアルデスはレヴォの横を通り過ぎようとする。だが彼だけはその熱を忘却していなかった。
「……次だ。次こそ決着をつけるぞ、ルスベ・アルデス」
 表情は見えなかったが、そんな恨み節がアルデスの耳朶に響いた。肯定も拒絶もすることなく、駆け足でその場を立ち去る。
 敵か味方が判然としないリリとレヴォを一緒にするのは不安が残るが彼女を信じるしかない。
 様々な思いを引きずりながらアルデスは要塞へと侵入した。
 
『続』