雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

Road of Revive 二章 『星撒きの巫女』 /第二話 寂として反響す

 

 

「……は? え?」

 突然の通告。現実感は、ない。

 流石のレヴォとリリも目を見開き驚愕を浮かべている。

 グレン教官が戦死した。

 フェダの口からはそう告げられた。淡々となによりはっきりと。聞き間違えや、嘘をつくなんてことはありえない。疑いようのない事実だからこそ余計に混乱は隠せなかった。

 しかし、それはいずれ分かることだ。誰から伝えられようと、戦死という事実は覆らない。故に、教え子たちが幻想を抱いたままではならないというフェダの配慮もあった。

 しかし、それでも。アルデスは現実を取り戻せない。席を立ったまま、放心していた。

「……アルデス。分かったのなら、席に座りなさい」

 ハッと腹底に響くような声で我に返る。

 フェダは背中を見せ続けながら着座を促す。

 だが、アルデスの脳内はその事実を受容することを拒んでいた。

「そ、それは……それは、誤った情報じゃ、誤報ではないんですか!? だって、そんなの、あのグレン教官が戦死って……また授業を、するって……」

 必死に言葉を繋げるが、団員たちが話題にしていた内容が頭に沸き上がり言葉から力を奪っていく。前のめりになっていた体も、段々と俯きがちになってしまった。

 フェダは黙って聞いていたが、ゆっくりと振り返った。

「アルデス、こちらを向きなさい」

 その重々しい一言に弾かれるように首を上げる。

 そこには憐憫や同情の念など一切ない。むしろ、静かな怒りさえ鎮座している。冷静でありながらフェダの表情に皺が寄っている気さえした。

 アルデスの瞳を見据え、鋭い語気で言い放つ。

「今きみがやるべきなのは彼の死を嘆くことか? ここは傭兵組織。戦う限り死神に付きまとわれるのは常である……きみもそして戦死したグレン教官も、それを承知の上でここに入ったはずだ」

 フェダは静かに瞳を閉じ、顎を引いた。

「……強かな姿勢でいなさい。仲間の死に打ちのめされていては、この先きみは剣を握れなくなる。そうなれば守るべきものも守れなくなってしまう」

 アルデスは拳を作る。

 その通りだ。フェダのいうことは何一つ間違ってはいない。今の自分をグレンが見ても、きっと同じことをいうだろう。その想像がより、彼の喪失感と悔悟を増大させた。

 老紳士は再び背を向け、厳然とアルデスを窘める。

「座りなさい。同じことを二度も言うのは好きではない」

 納得はいかない。理解も出来ない。まともな説明すらない。

 でもここでまとまらない気持ちをぶつけるのは、違うはずだ。

 アルデスはおもむろに席に腰を降ろす。

 授業が始まる。

 時間は残酷に、時を刻んでいた。

 

ーーー

 

 授業が終わる。落ち込むアルデスを思い、リリは付き添うとしたがやんわりと断った。

 今は一人の時間がほしい。

 教材を自室に置きに帰り、入った途端に涙がこぼれ始めた。ようやく気持ちが現実に追いついたのだ。胸にぽっかりと穴が開いたような、空虚感を抱きながら涙を拭う。しかし、その穴が涙で満たされるのを待つ時間はきっとない。

 分かっているはずなのに、アルデスの頭に浮かぶグレンとの時間がその考えを途絶させる。

 このままではダメだ……今の状態を即座に分析し、引きこもることより体を動かすことを選んだ。腫らした目で剣を見やると、幾分か心は楽になる。

 もっと強くなろう。そう思い剣をとって自室を飛び出す。

 訓練所に着く頃には何故か息が絶え絶えだった。自然と無我夢中で走ってしまったのだ。やはり簡単には割り切れないか。

 鼻をすすりながら訓練所の中に入る……と、珍しい顔がアルデスの視界に映る。

レヴォ……?」

 槍を振り回し、汗を流す少年レヴォ・グレイヴルがいた。

「確かに、槍術がメインとは言ってたけど……」

 その扱いは一発で卓越したものだと判る。アルデスの経験上、槍術を研鑽する者と何度も戦った。だからこそ、知識や経験はなくともその知見はレヴォが標準よりも何段も上の実力者であることを語っていた。

 思わず見惚れていると、レヴォは鍛錬もそこそこにタオルで汗を拭いながら訓練所を後にする。

 別の出入り口から出ていったので、アルデスはそれを追った。

 この感動を早く伝えたい! 打ちのめされていたアルデスの脳内は既にレヴォの槍術一色になっていた。

 だが、見失ってしまった。どこに行ったのだろうかと歩いていると灯りと人気のない場所からボソボソと喋り声が聞こえてくる。

 アルデスはその方角へと歩め始めると、声の大きさが明瞭になっていく。

「……あぁ、分かってる。手筈通りにやればいいんだろう。こちらも取引だ。手を抜いたりはしないさ」

 レヴォだった。誰かと携帯で喋っている様子だ。誰だろうか、その口調からして親しい人間との会話とは思えない。なによりも、言葉の質感がどうしても引っかかる。

 アルデスは息を潜めながら、その通話を盗み聞く。

「裏切り? 今更だろう。お前は悪魔なのにやたら人間臭い言葉を使う……俺の目的の為に利用するだけだ。お前だってそうだろう」

 "裏切り"。今、彼はそう言ったのだろうか。

 裏切りを画策している……それも第三者を挟んで? 一体それは誰だ。ナイツロードの人間? 外の機関? まさか、VICE?

 まず、レヴォとの西部戦線の派遣が控えている以上放って置ける事案じゃない事は確かだ。

 唇に手を当て、耳を澄ます。

「そうだ。俺の密告がバレればお前の計画も頓挫する。肝に命じておくんだな」

 そういってレヴォは強引に通話を切り上げ去って行く。足音が消えたあたりでアルデスは背中を壁に預けながら尻餅をついた。

「……レヴォ。君は一体……いや、君に何があったんだ」

 虚空に呟く。返答などハナから期待していない。ただ、言葉にしたい気分だった。

 彼は何の目的があって、裏切りを企んでいるのか。どんな計画で、どんな形となって現れてしまうのか。何故、何故なのだろうか。

 疑問の堂々巡りだ。結局一人で悩んでも答えはでない。思い込みで、レヴォに対して疑心暗鬼にはなりたくない。

 背中を預ける仲間のはずなのに……。

 次々と襲い掛かる憂き目に、アルデスは奥歯を噛む。

 だが、だからといって止まることもしたくはない。

「今はただ、前を向こう」

 ……気づけば、また虚空にポツリと零していた。

 

ーーー

 

 

「……こんなところか」

 サングラスを掛け、黒衣を纏う男は耳から携帯を離す。

 緑が一切ない荒野の風が、不気味な程の静心へとヤケに沁みる。それもこれも、思惑通りすぎて不安材料がないせいだ。逆にその状況への異質さは拭えないものの、設計段階ほどでもないのが現状だった。

 計画は着々と進行している。

 だが、まさか自分の立案で膠着状態を脱するとは思わなかった。ただ"王"の拝命のついで、という感覚だったというのに。

 "ナイツロード"の傭兵はやたらと戦争の中軸入り込むのが得意らしい。

 箱から煙草を取り出し咥える。

「火、いるか?」

「……いい。自分でできる」

 こちらを嘲笑するような女の素振り。それを無視して安いライターで火をつけた。

 肺を煙で満たし、ゆっくりと吐き出す。くゆらせる紫煙の先で先ほどの女が顔をしかめていた。

「それなんとかなんねぇのか。煙ったくてしょうがねぇ。こっちまで肺がダメになる」

「火の有無を聞いたくせに言いがかりをつけるのか。相変わらず貴様の思考は理解できん」

「ヤサシサってやつだよ。アタシはさっさと出世したいのさ。テメェみたいなスモーカーに媚び売ってでもな」

「そうか。向上心があるのはいいことだ」

 女は白いギザ歯を剥き出しに、男の視線の先を見据える。敵勢力の要塞だった。今も人が動き回り、忙しなく銃声が鳴り響いている。

 時折、爆発音やヘリコプターの空気を切り裂く音が空を満たしていた。

「なぁ、"凶星"さんよ……いや、"ウィリアム・スミス"の方が通ってるか?」

「どちらも同じだ。名前など外。外など幾らでも飾れる。幾らもある飾りの通りなどに興味はない」

 冷淡な口調で"凶星"は吐き捨てる。

 女は意に介することなく鼻で笑った。

「ハッ、そうかよ。じゃあ凶星さんよ。うちの王サマは何考えてるわけ? 今更前線出てきてもやるこたぁねぇだろ。ここら大体は魔の派閥の管轄で何も出しゃばることもない」

「視野が狭ければそう思うだろう。いいか、魔の派閥の勢力は大きい。ならば敵も回す戦力は合わせてくる。……そこに目的がある」

「へぇ〜……そうかい。王サマも軍師サマも、考えることはよく分かんねぇわ」

 女は無感動にそう言うと両手を後頭部で組み再び荒野の景観を眺める。

「……追及はしないわけか」

「興味が失せたんだよ。頭使うのは得意じゃねぇしな。で? やることはやったのか?」

「あぁ。"種"は撒いた。後は芽吹くのを待つだけだ」

 口から煙を吐く。凶星は煙草を美味い、不味いという趣向で吸ってはいないが、何故か今日は仄かに苦味を感じていた。

 やはり、落ち着いてはいるが不安はあるのだろう。軽く腕を回しながら、携帯をチェックする。

 それをみた女が訝しげに凶星へと発問した。

「そういやテメェ、さっき携帯でなに話してたんだよ。内通者か?」

 思わず、男の眉間に皺が寄る。少し強めに灰を落として、一杯に煙を吸い込み吐いた。

 そして憮然とした面持ちで女を睨めつける。

「何故内通者を使う必要がある? いいか。王はこの僕に拝命されたのだ。赤の他人にその栄誉を分け与えるなど死んでも御免だよ」

「じゃあ誰なんだよ」

「貴様が知る必要があるのか?」

「そりゃそうだろう。アタシも王サマにある程度は命令されてんだぞ? それこそ、テメェがよくいう意向ってやつじゃねぇのか?」

 男はふむ……と唇に手を当て思案する。

「……なるほど。それもそうか。王の御意志ならば従わねばなるまい」

 サングラスからチラリと真っ赤な瞳が光を覗かせる。まるで愉しむように、そしていずれ我が身に訪れる栄誉を反芻するように……男の表情にこぼれたのは、底冷えするかのような仄暗い笑みだった。

「英雄機関だよ。少しばかり踊ってもらうためにね」

 

 

『続』