雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

Road of Revive 二章 『星撒きの巫女』 /第一話祈りの夜空 戦禍の兆し

 

 

「アルデス!」

「あ! グレン教官!」

 アルデスは軽快な足取りでグレンの下まで走る。廊下とはいえ、長い距離ではない。任命式とは名ばかりの"仮"分隊の登録を終え、アルデスは緊張と喜びを噛み締めていた。

 そんな感情を読み取り、グレンは顎を引いて笑みを湛えた。

「終わったんだな、任命式」

「はい! って言っても一時的なものだし俺とリリとレヴォ、後は付き添いの教官とお偉いさんが少しって感じでしたけど」

「まぁ、何事もなかったのならそれでいい。悪いな、俺の都合で付き添えなくて」

「いえいえいえ! そんな滅相もないです!」

 グレンはアルデスたちを担当する訓練科の教官だ。

 彼はアルデスたちの授業をする傍ら、その成長の見届け人でもある。授業と補修がまともに再開され、はや一ヶ月半は経つ。もちろんアルデスも一日も休まず出席した。苦手な座学へ実直に挑むその姿はグレンの心証を徐々に親が子を見守るものへと変質させていった。

 アルデスにとっても、前線への一歩目は同じ一ヶ月半前だ。お互いに濃い時間を送ったのは間違いなかった。

「そういえば怪我は大丈夫なのか。何やらこっぴどくやられたようだな、セナ教官に」

「あはは……でも、もう回復したので大丈夫です! それにいい経験にもなりましたから」

「……そうか。真っ直ぐなのはいいことだが、常に周りを見て身の振り方を考えるのも大事なことだぞ。気張るなよ」

「はい!」

 アルデスはピシッと背筋を伸ばす。

 グレンは苦笑しながらも、沈んだ口調で続けた。

「だが、残念なことにお前らと一緒に過ごす時間は少なくなりそうだ」

「えっ!?」

「理由を語るのは……まぁ本来なら黙っておくのがかっこいいんだがな」

 グレンは肩を竦める。

「だが、それはあまりにも不誠実だ。それに教え子のお前たちには伝える気持ちではいた」

 彼にとっても……いや、戦いに身を置く組織に所属すれば、誰しもが通る道がある。それはこの場にいる両者にとっても、言えることであった。

 アルデスと瞳を合わせ、真面目な声色でグレンは明かした。

西部戦線への招集がでた。分隊に配属されて明日には前線で戦うことになる」

西部戦線……ってことは」

「あぁ。お前たちが投入される戦線のことだ」

 西部戦線

 この世界、"ユースティア"には北部、西部、東部、南西部、中央部に主な大陸がある。

 北部にノルフェイン、そして戦場となる西部にはパンタシアと呼ばれる大陸が存在し、その大陸の北部に西部戦線が敷かれ、活発化するVICEの進行をそこで食い止めていた。

 ナイツロードや、ユースティアにある各組織や機関は結託して戦力や物資を送り込みVICEに抵抗するものの、状況は拮抗し現在は膠着状態にあった。

 アルデスはグレンから学んだその情報を思い出しながら、徐々に心の奥底からくる感情を脳に浸潤させていく。

「それってもしかして……グレン教官と一緒に戦えるってことですか!?」

「そうだ。ま、生きていたらだけどな。それにお前らが投入されるのは一週間後とも聞いている。その間に、ちゃんと出来ることはしておけよ?」

「もちろんです! すっごい楽しみにしてます!!」

 キラキラと目を輝かせるアルデスへと参ったようにグレンは頭をポリポリと掻いた。

 すると、アルデスの瞳が彼の手の甲にあるものを捉える。

「グレン教官、その手の甲の傷ってなんなんです?」

「ん? これか? ここでは傷なんてさほど珍しいものでもないだろう。気になるのか?」

「はい。黒板に字を書く時いつも見えてましたから。それになんで"十字"なんだろうって」

 グレンは傷に意識を向ける。だが、単に思い入れがないのか、今まで無関心で通してきたので反応に困るのかその瞳はヤケに細く、短い嘆息を吐いた。

「……古傷さ、初陣の時のな。手練れにやられたんだ。苦い思い出だが、それがなければ今まで生き残れてはいなかっただろうな」

「古傷、ですか……」

「当たり前だが、この世界が長ければ自然と相手を選ぶ習性が身につく。あの時は、自分も功を焦って相手は選ばなかった。けど、この傷をつけた奴と対峙した時だった。自我を無視して脳が警鐘をうるさいくらいに鳴らしたのはな」

 グレンは手の甲を撫でていたが、傷を睨めつけていた。

 その記憶は彼を生かしている。だが、それは逆に縛り付ける呪いでもある。一生、その恐怖に付き纏われて戦場を渡るのだ。期待や緊張を胸に戦地へと赴く新兵たちをみるたび、グレンは自分の鼓動がやけに早くなるのを感じて過ごしていた。

 瞑目し、そんな自分を反芻しながらもグレンはゆらりと瞼を開ける。

「だから、お前は死ぬな。相手を見極めろ。駄目だと思ったらすぐに逃げるんだ。本当にヤバい相手は本能が訴えてくるから逆らうことはしないほうがいい」

「……わかりました」

「それでいい。命があればやり直しなんていくらでも効くんだからな」

 そういってグレンはポンとアルデスの肩へと手を置き先ほどとは一変、穏やかに微笑んだ。

「お前は強いし若い。可能性も伸び代も秘めている。だから、躓いても落ち込んでも下だけは見るなよ。……これが最後の授業でないことを願ってる。ま、そう簡単には死なんがな」

 そういうとグレンはアルデスと行き違うように逆側へと歩いていく。

 アルデスは頭を勢いよく下げた。

「グレン教官! またお願いします!!」

 グレンは片手をヒラヒラと宙で泳がせながら、人波の中へと消えていった。

 

 

ーーー

 

 二日程たったある日。

 アルデスは訓練を終え、自室へと戻る最中だった。

 あれからグレンは西部戦線へと出撃していった。不安は募るものの、研鑽を怠る理由にしてはならないと自らを窘め、鍛錬に打ち込む。西部戦線のことを考えすぎて、身の回りの事に手がつかなくなるのはグレンも望んではいないだろう。そうやってアルデスは割り切っていた。

 幅のある廊下を直進してそろそろ休憩所が見えてくる頃合いだろうか。視界の隅に、人集りがあるのが見える。興味を引かれ、その場所へと歩み寄った。

 しかし群衆は一様に深刻そうな顔付きで、救護室へと運ばれている担架を見やっている。その光景を眺めるアルデスの耳に団員たちの囁きが流れてきた。

西部戦線、ヤバいみたいだな」

「あぁ、VICEも元々手段を選ばない連中だが、より過激になってるらしい。連中の奸計でまた団員が死んだ……クソっ、胸糞悪いぜ」

 それは派遣される西部戦線の話のようだ。

 現在KR内でも耳目を集めているワードで、その戦況は激化する一方だと聞く。VICEが口火を切り、果敢に攻め立てているそうだ。その中には、死の派閥の兵器や魔の派閥の将軍の話などもある。

 戦いの行方は未だ誰もわからない。だがその片鱗はこうして世界や人々に消えない爪痕を確かに残していた。

「聞いたかよ、あの嫌な噂」

「知ってる知ってる。KRの連中が執拗に狙われ続けてるってやつだろ?」

 アルデスは聞き耳を立てる。

「奇妙よ。英雄機関の人間も少なくないんでしょ? 他の大陸の援軍もいるのに、どうして私たちが……」

「死の派閥の兵器もヤバいみたいだな。ベテランでも手を焼く相手らしい。……信じたくはねぇが狂の派閥も出しゃばってるとも聞いたな」

「マジかよ。なんで急にそんな……」

「知らねぇよ。ただ、二日前に出撃した連中は撤収してくるらしいな。どうにも被害規模が深刻みたいだ。嫌な情勢だよ、ホントに」

 団員が口々にこぼす不安や不満を聴きながらアルデスは不意にある言葉から着地点を得る。

「……グレン教官、戻って来るってこと……?」

 丁度、グレンが出撃した日にちと話の内容は一致する。

 理解した瞬間、アルデスは胸が一杯になる。

 聞く限りでは惨憺たる状況だ。一団員としては組織の失速に危機感を抱くのが当然ではあるが、それよりもグレンとの再開が近いことへの歓喜が勝った。

 周囲の沈んだ雰囲気に逆らい、場違いな笑顔を浮かべてその場を後にする。周りに見られなかったのは幸いだ。

 廊下を抜け、住居スペースまで来る。贅沢にも訓練生でありながら部屋が貸し与えられている身ではあった。

 自室の前まで来ると扉を開ける。中は広くも大きくもない。ただ、一人で住む分には上等な空間だ。机とベッドは元からあり、他の生活品は自分で揃えるだけなので苦労はなかった。

 すると、ベッドからスラリと伸びた脚が見えた。パタパタと揺らしながら、何やらうつぶせで何かをいじっているらしい。

 アルデスはやれやれ……とため息を吐く。

「リリさん。勝手に俺の部屋に入ってきたら困るよ」

「ん。いいじゃない。減るもんじゃないんだしー」

 いじっていた携帯の電源を落とし、こちらに穏やかな笑みを向ける少女。

 リリ・テレーズ。今回アルデスと共に西部戦線の前線へと向かう部隊のメンバーの一人だ。

 セナとの一件以来、リリとアルデスは親交を深めていた。というより、リリからの接触はかなり多くなった。アルデスもそれを無下にはせず、逐一対応し受容した結果、距離はどんどん縮まっていった。

 こうしてアルデスの部屋にリリが入り込んでいるのも今日に始まったことではなかった。

「そうだけど……でも、また夜に眠れないから一緒に寝てくれ、とかはナシだよ」

「なに? 緊張してる? 私と一緒に寝るの」

「いや、そうじゃなくって……。倫理的にね。恋愛関係じゃない男女が同衾するのは問題があるといいますか……」

「アルデスってシャイなんだ。ふふ、また意外な一面ね」

 なんというか、彼女の頭の中ではエラーが起きているかもしれない。

 アルデスは不安になりながら、剣を置いて、タオルで汗を拭った。

「そういえば、今日は訓練所どうだった?」

「いつも通りだよ。ただ、今日は珍しくセナさんがいたかな。いろいろ技術面でのアドバイスをもらったよ」

「……そ、お姉ちゃんいたんだ」

 リリは体を起こし、アルデスの動きを見ながら何かゆっくりと思案する。

「……ねぇ、アルデス。そういえば、私たちお姉ちゃんの話あれ以来してなかったね」

「ん、そうだっけ?」

「そうよ、ニブチンね。でも無意識に避けてたって言われればそうかも」

 神妙な声色のリリは、視線を落とし、素足で床の線をなぞっている。

 アルデスも今までのことを思い返した。

 セナ・テレーズとの戦いを終え、アルデスの意識が戻ったのは五日後だった。担当医とグレンとリリに見守られながら覚醒し、状況の把握も迅速にできた。

 一番の懸念だったセナとリリは仲直りをし、普通の姉妹を取り戻すことに成功。担当医やリリの献身的な介護もあり、アルデスも衰えた体の感覚を取り戻していった。

 訓練所に通えるようになると、リリやセナが楽しそうに歓談している風景や笑顔が幾らか見られ、彼の中での関係修復の実感も沸々と生まれていた。

「ぶっちゃけね、私はお姉ちゃんを許したわけじゃない。気持ちの整理って簡単じゃないけど……でもお姉ちゃんだって職業柄、明日は我が身なわけだしお姉ちゃんとの時間は大切にしたいの」

「うん。でも、そう思えるって成長だよ。あの時の君は自分の事で精一杯に見えた。けど自分以外の人の立場になって今は物が見えてる。やっぱり君を助けて良かった」

「なにそれ。人を選んで助けてわけ?」

「あ、いやいやいや! そういう意味じゃないから! 俺は、リリさんとセナさんの辛そうな顔が見てられなくて、それで……っ」

「ふふ、そんなこと思うわけないじゃない。アルデスには感謝してる。だから私は、私なりにアルデスに尽くしたいの」

 部屋着に着替えリリの隣に腰掛けると、筋肉質なアルデスの肩に柔らかい額を預けてくる。

 むず痒いが幸せそうに頬を綻ばせるリリを見ると強引に離す気も起こらない。

 ため息を吐き、白い天井を見上げた…….その時だった。

「……っ!?」

 それは何度見ても理解ができない。それなのにどこか懐かしい映像。頭に流れてくるのは、あの時……セナとの決闘で現出した見覚えのない記憶だった。

「どうしたの?」

 リリは硬直したアルデスを見つめる。

「あ……あ、いやなんでもないよ」

 その言葉に現実に引き戻され、何事もなかったように振る舞った。

 ……アルデスにはいま二つだけ悩みがあった。

 一つ目はこのリリの距離感だ。確かに自身が発した言葉に責任は持つ。できれば、彼女が一人前になりセナとの溝が埋まるまでは支えてやりたい。だが、徐々にリリのアプローチの方が多くなる。まさか私生活まで管理され、自室に入り浸る事態までは想定できなかった。彼女の中の闇がどれだけ大きく深く、それを拭浄した自分がリリにどう映ったのか。想像が不可能という程でもなく、今は受容するしかないのが現状だ。

 二つ目は、記憶。

 螺旋極光を完成させた折、その時脳裏によぎった映像が頭に頻出するようになった。時や場所関係なく、内容も少女が草原を駆け、それを誰かが追いかけているものだ。

 この少女も映像が数を重ねる度、顔が鮮明になった。しかし、自分の記憶に顔見知りは存在しない。街や都市の人間、果ては団員の誰かか。記憶を絞っても該当の人物は出てこないのだ。不思議な体験でありながら、一方で皆無となった蒼の鎧の男も想起するが思い当たる節はない。今は分からないが、この二つが繋がる可能性はある。答え合わせはその時でいい、アルデスはそう思うようにした。

「さ、リリさん。明日も朝一番に座学だし今日はもう解散にしよう」

「えー、まだそんなに時間経ってないわよ。今日は一緒に夜更かしの予定だったのに」

「うん、またその時は付き合うよ。でも今日はその日のために我慢してほしいな」

 少し残念そうにリリは目を伏せるが、ゆっくりと立ち上がった。

「……分かったわ。それじゃ、私は行くわね。おやすみなさい」

「おやすみ」

 そう言って、自室に戻る彼女の背中を見つめそしてアルデスはベッドに背を倒した。

「……そういえば、もしかしたらグレン教官が明日帰って来るんだ」

 アルデスの頭に焼き付いている内容は団員たちが口々に言っていたVICEとの戦いの実態。

 そして、グレン教官の安否だった。

 恐怖や不安、そしてその実地へと派遣される実感。程遠いもののようで、しかしはっきりとした現実であることが不思議でたまらない。

 そんな地に足のつかない感覚を胸に巡らせながら、アルデスは瞼を閉じた。

 

ーーーー

 

 翌日。

 いつも通り座学に出席する。朝食を取るために向かった食堂で、二日前に出撃した分隊が戻ってきたという情報をアルデスは得ていた。

 バイタルチェックなどを受け、問題ないならグレンも教室に現れるだろう。

 座学もグレンが前線に出て以降再開の目処は立っていなかった。しかし、彼が帰還する時期と重なるというのは嫌でも期待してしまう。

 足を机に置き目を閉じるレヴォ

 リリは教科書を読んでいる。

 また、あの座学の日常が戻って来る。

 その思いを開始時刻まで噛み締めた。

 定刻となり、ガラッと扉が開く。

 アルデスは背筋を伸ばし、入口の方へと視線を向けた。

 ……だが、そこにいたのは違う人物だ。

「……え? フェダ教官……?」

 『剣』課所属の教官フェダ・ドゥラン。白髪と顔に刻まれた皺の数は重ねた年齢と経験を物語る。アルデスは訓練所で何度も技術面で指南を受けた人物だ。

 アルデスの頭は既に真っ白だがフェダは意に介さず、コツコツと老紳士然とした立ち振る舞いで教壇へと歩いていく。

 何もなかったかのように、フェダは教科書を開き老眼鏡をつけた。

「今日から臨時で入るフェダ・ドゥランだ。突然のことで戸惑うだろうが、しばらくはわたしが座学を担当する。……では、授業を始める」

 そう平然と言い放ち、黒板へと顔を向けた。

「ふ、フェダ教官!」

 たまらずアルデスは立ち上がる。グレンではなく、この老紳士がここに来る理由。それは彼の身に何かがあったということだ。

 嫌な想像が駆け巡った。ゴクリと唾を飲み込む音が、脳に響く。

「アルデス、ここは訓練所ではなく教室だ。棲み分けはちゃんとしなさい」

「あ、その……すみません……」

 淡々としているが、圧のある声色に思わず気圧される。しかしここで引き下がることはできない。そう思うたび、言葉と言葉が結ばれず自分の疑問を形にすることができなかった。

「……なるほど。グレン教官のことか?」

 なかなか席につかないアルデスを音で察したのだろう、フェダは背を向けたままそう言い放つ。

 アルデスはか細い声で応じた。

「……はい。えっと、その……本当なら今日帰還するはずですよね? だから授業が始まるって思ってたんですけど……」

 だが、フェダはそれ以来沈黙を保った。

 何か考えているのだろう。そのはずなのにやけに重苦しく、息苦しい程の静けさだった。

 やがてフェダの肩が軽く上下する。何か決意したのだろう。

 そして、黒板から目をそらさず、なにより平板に努めた口調で応えた。

 

「グレン教官は、戦死した」

 

 

『続』