雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

Road of Revive 二章 『星撒きの巫女』/最終話 星撒きの巫女

 

 

 気づけばアルデスは救護室のベッドの上であった。

 白い天井。未だに朦朧とする意識の中で、今までの記憶の波をなんとか手繰り寄せる。

 不思議な空間の中で、一人の少女の言葉のままに本のページを開いたのだ。光が満ち、そこから先の記憶は一切が途絶えている。

 様々な後悔も押し寄せてくる。なにより唯一気がかりなのはリリの安否だった。彼女は生きているのだろうか、彼女は今どうしているのだろうか。

 そんな一抹の不安を抱えながら、アルデスは重い微睡みへと再び誘われていった。

 

 

ーーー

 

 ナイツロードにすぐさま搬送され、治療を受けたのだと目の前のセナ・テレーズは教えてくれた。

 既に意識が明瞭になってきて三日が立つ。手や足は満足には動かせないが、リハビリ次第だろうと担当医は言い切った。

 戦線において凄まじい経験を得たアルデスはそれを活かそうとリハビリに没頭したかったが、セナの鋭い視線に負け渋々と安静にするしかなかった。

 セナは林檎を剥きながら、アルデスへと語りかける。

「……無事でなによりだ。西部戦線は特に激しい戦地だとは聞き及んでいたが。まさか、指揮官であるレンドヴェルが殺され混乱し、内側から破られてしまうとはな……」

 自らを信頼してくれていたレンドヴェルは死に絶えていた。故に、混乱状態は必至だったのだろう。

 アルデスは面目なさそうに目を伏せる。

「……俺が、俺がちゃんとしてればよかったんです。そうすればまだ形成だって、ロドルスさんだって死なずに済んだかもしれないのに」

「アルデスくん。個人の力には限界がある。なにより君はまだ訓練生の身だ。むしろ、死の派閥の兵器とよく渡り合ったと本来なら賞賛されるべきなんだよ。だからそう気に病むことはない」

 セナは平静にそう語るが、アルデスは未だに後悔が渦巻いている。負い目も罪悪感も、なにもかもを一人で背負い込んでいた。

 余計にそれも後押しして、ネガティブな思考は止まりそうにもない。

「……セナさんは、ロドルスさんを知ってますか?」

「ロドルスか……懐かしいな。初陣の時に、共に肩を並べて戦ったよ。彼からは色んなことを学ばせてもらった。剣技、心の在り方、戦友とのコミュニケーション……全部が新鮮だったよ」

 懐かしげに語る瞳は少し切なそうに開かれている。旧知の仲を失った傷は、セナの中にも確かに爪痕を残している。

 戦争だからと、人間はそれで全てを割り切れるわけではないのだ。みんな等しくその弱さを抱えているから、誰かのために戦場に立てる。

 だが今のアルデスには見えていないものだった。

「俺は、俺は……弱いです。もう自分がなんのために戦えばいいか、誰を守るために、願いを叶えるために戦ってるのか、それすらも……」

「それは弱いとは言わないさ。生で戦いを経験すれば誰にだって与えられる命題だよ。今の君は、それを探すための身の振り方に注力すれば自ずと光は見えてくる」

 セナは丁寧にアルデスの弱音に答えを出してやる。

 押しつぶされそうな彼を支えなければと必死に彼女は向き合っていた。

 アルデスも鈍感ではない。それを察知し、これ以上の問答を控えるようにする。

 横たわる沈黙に時計の針の規則正しい音が反響する。セナは林檎を剥き続けながら、アルデスの言葉を待っていた。

 彼はセナの顔を見つめる。そうだ。まだ、ちゃんとした報告を聞いていなかった。聞かされていなかった。

 アルデスはセナへと質問をぶつける。

「あの、セナさん。リリさんは、今どうしてるんですか?」

 セナの手が制止する。

 数秒の思案のあと、彼女は剥きかけの林檎を皿に置きアルデスを見据える。その瞳は落ち着いているようにもみえるが、今にも剥落しそうな理性を保っていた。

 そして一つセナが深呼吸をすると、アルデスへとその答えを投げた。

「リリは……攫われてしまった。『贋』の派閥の手先によって」

 

 

ーーーー

 

 セナが去り、また深い眠りについた。

 夢は見なかった。いや、見なくてよかったかもしれない。きっと悪夢に魘されていたかもしれないから。

 目が覚める。まだ部屋が暗いのは夜ということだからだろう。

 そんな中、アルデスはセナの言葉を反芻する。

 攫われた事実は衝撃だった。だが、攫ったということは派閥は何かしらの利用価値をリリに見出したということだ。

 生存している可能性は非常に高かった。だがあの凶星と呼ばれた男の台詞も引っかかる。もしかしたら彼女はもう人ではなくなっている最悪な予測もできてしまうわけだ。

 アルデスはむせび泣く。薄っすらとした視界に涙をにじませ、小さく嗚咽した。駆られた自責の念はとどまることをしらない。彼の自尊心はもうズタズタであった。

 そんな時、扉が開閉される音が妙にくっきり耳に残る。もう部屋は消灯されていて、カーテンも周囲にかかっているから誰かは判然としない。

 しかし、今度はそのカーテン越しから声がかけられた。

「もしもーし。ここであってるのかな?」

 白いカーテンから黒いワンピース姿の幼い少女が入ってきた。

 アルデスはその姿を一目見た瞬間、溢れた涙が止まり衝撃に目を見開いた。見覚えがある、何度も何度も、浮かんできては消え、アルデスを苛んだその記憶。

「あは。やっぱり合ってた。やほ。初めましてじゃ、ないもんね?」

 友達に挨拶をする感覚で手を振ってくる。灯りをつけて間近で見ればもう間違えようがなかった。

 螺旋極光を完成させた折脳裏に流れ始めた映像の中に出てくる、少女。

 反射的に、アルデスは少女に訪ねていた。常日頃、考え続けたその正体を。

「君は……君は、一体誰? 何者なんだ」

 少女は小首を傾げる。

 だが、その意味を悟ったようでニッと微笑を浮かべる。

 その笑みは年相応ではなく、妖艶で大人っぽいものだった。

 少女は黒いワンピースを少したくし上げ、上品にお辞儀をしてみせた。

「"星撒きの巫女"。それが私に与えられた、たった一つの願い」

 

 流星が、闇に瞬く

 

 

 

Road of Revive 星撒きの巫女

『完』