雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

Road of Revive『螺旋極光』/最終話 涯てを視る

 

 

 訓練所にアルデスは戻って来る。

 連れて来るはずだったリリはやはり逡巡し、足取りも重かった。

 当然だ。状況が状況で心の整理がついていないのだろう。ベンチに座らせ、目を伏せるリリにアルデスは首を振る。

「無理はしないで。気持ちが追いついたらでいいんだ。訓練所に来てほしい」

 そう言ってリリを休憩所に残し、一人ここまできた。

 申し訳無さそうにするリリの表情を思い出し、言葉足らずだったことを猛省しながらとある人物を探す。

 セナ・テレーズだ。この時間にセナを見かけることはある。ただそれほど頻繁ではない。アルデスにとっては賭けに近かった。

 怒声や汗、剣戟や爆風が時折散る訓練所を祈るような気持ちで巡っていた。

「あ! いたっ」

 訓練所の中央、セナは丁度訓練生たちに剣術指南をしている最中だった。

 訓練生たちに混じり剣を振る彼女は表面では楽しそうにしながらも、どこか疲れ切ったように精彩を欠いていた。

 アルデスはセナの下まで行くと、彼女も気づいたようだった。

「おや? こんばんは。アルデス君だったかな?」

「あ、はい! あの時は模擬戦ありがとうございました! とってもいい経験になりました」

 丁寧に頭を下げて礼を言う。

 ニコリ、とセナは穏やかに微笑みを作った。

「それは良かった。君みたいな有望な若い子が育つことは私としても嬉しい。事実、とてもいい剣だったしね」

「そんな、俺はまだまだですよ。結局、セナさんの足元にも及ばなかったし」

「……それは、どうかな」

「え?」

 含みを持った言い方に、アルデスはキョトンとなる。

 しかし、そんなセナはクルリと彼に背を向けた。

「すまないが、いまは訓練生の授業中なんだ。雑談ならばまた今度にしてくれ」

 そういってセナは素っ気なく剣術指南に戻る。

 一筋縄ではいかないのは、分かっていたことだ。だが妙な小細工をしたところで、セナが振り向かないことも承知している。悟られないような計画を練るほど自分が利口ではないことも。

 故に、彼は彼なりに真正面から気持ちをぶつける。

「セナさん! 俺ともう一度、模擬戦をしてください」

「……今かい?」

「もちろんです」

 そんなやり取りに訓練生たちがオロオロとしだす。するとそれが伝播したのか、周囲の団員たちも戦う手を止めて一斉に中央へと視線が注がれる。

「何度も言うけれど、今は剣術指南ち……」

「俺には!!」

 威勢の良い声がセナの言葉を掻き消し、遮った。

「戦う理由があります! 貴方と今ここで戦わなければいけない、譲れないものがあります! 俺は向き合ってるんです。逃げちゃいけないからここに立ってるんです!」

 彼の頭は沸騰していた。順序や論理なんて完全に吹っ飛んでいた。気持ちだけが先行し、ただ自分を押し付け、後のことなど考えない。

 だが、それでいいと開き直る自分もいる。

 とにかく伝わればいい。理解や納得ももちろんいる。

 でも今は、ただリリとセナのために自分がやると信じたことをやらねばならないのだ。

 セナは熟考していた。向けていた背に圧を感じるものの、アルデスは後退らない。

 やがて、セナは振り返る。その表情には気負いや迷いは一切存在しなかった。

「いいだろう。その挑戦受けて立つ」

 

○○○

 

「……本当に真剣でやるのかい?」

「はい。こっちの方がきっと色々伝わりやすいと思うし、最初戦ったときも真剣でしたから」

「……不思議な子だな、君は」

 中央のコートにアルデスとセナは距離を取りお互いに見合う形をしていた。

 訓練生や団員たちがワラワラと観衆にきている。

 身の程知らずの訓練生があのセナ・テレーズに喧嘩を売ったらしいぞ! きっとそんな品のない触れ込みなのだろう。アルデスはそんな想像をして肩をすくませた。

「さて、私はいつでもいいぞ。アルデスくんはどうかな?」

「はい。俺もいつでもいけます」

 セナが訓練生に開始の合図を頼む。

 指名された子はコートの中央へと行き、構えを取る二人を見て合図をした。

「それでは……始めっ!」

 セナが風に溶け込もうとした瞬間、アルデスは既に目前まで迫っていた。

 疾いッ! セナは驚愕するも、すぐさま鍔迫り合いへと持って行く。

 彼女はアルデスの瞳を見る。忖度などない、遠慮などない、模擬戦だとは思っていない。

 彼は、"本気"だ。そう感じさせる強かさをその瞳が強烈に放っていた。

 お互いに近距離メインだ。すぐさま激しい剣戟となる。それも以前のレベルではない。洗練された技と知恵と経験がぶつかり合う。

 それでもまだセナに分があった。アルデスが自分の全てを使い果たしても未だ到達できない領域に彼女はいる。

 徐々に防戦一方となっていった。

「ぐっ……!!」

「まだ、ここでくたばってくれるな!」

 セナの攻撃は激しさを増し、やがてアルデスは持ち堪えられず体勢を崩した。頬に刃が掠り出血しつつも、背後へと退歩する。

「……これで終わりかい?」

 セナは構えを解かず、アルデスを睨んだ。

「そんなわけ、ないでしょう」

 正直、手はピリピリと痛い。頭と体をフルで使ったせいで、既に息が切れている。

 体力の無さを呪いながらも、彼女から顔を逸らすことはしない。

「俺は、俺は自分の信じたことを全うします。だから諦めない。ここで退いたりなんて、絶対にしない」

 そう決意を口にし、アルデスは自らを奮い立たせる。

 一方で、そんな一戦を眺める観衆はボソボソと言い合っていた。

「なんだあの訓練生、デカい口叩いた割に防戦一方じゃねぇか」「バカなやつね。あのセナ教官に喧嘩売るとか」「身の程知らずってやつだよ。ああいう手合いは大体自分の実力に自惚れてるんだ」「なにそれ? だっさ」「セナの野郎も二度と逆らえないようにぶっ潰せばいいだろうが。何やってんだ?」

 周りは口々に、アルデスを非難する。だが外野に意識を向けず、ただ真っ直ぐにセナを見据えている。

 そんな彼にセナは不可解そうに目を細めた。

「……分からないな。君は何故、そこまで立つ。なにが君にそこまでさせる。誰のために、剣を握るんだ」

 それは既に彼の中には答えがある。

 誰のため、何のため、何を成すのか。

 リリと同じ紺色のセナの瞳に、本音を投げ返した。

「……俺は、貴方たち姉妹に仲直りしてほしいんです」

「……なんだと?」

「何度でも言いますよ。俺はセナさんとリリさんにまた普通の姉妹に戻ってほしいだけです。そのために、俺は戦うんです」

 場の雰囲気が張り詰める。彼女の握る剣の柄が、大げさな程に震えていた。

「私たちのために、戦う? 君は何を言っているのか分かってるのか? 私があの時言ったことを君は、本当に理解したのか?」

「もちろんです。……まだ何も終わっていない。いや、このまま終わらせない。俺が剣を振るう理由は貴方たち二人のためです。貴方は強い。だからその強さに本当の価値がないなんて、そんなこと俺は認めません」

 バキッと何かが砕ける音がした。それがセナが踏み込んだ時に破壊された床の音だと気づく寸前、セナはアルデスの目前で鈍色の刃を容赦なく構えていた。

「ふざ、けるなッッ!!」

 セナは剣を横薙ぎに振るう。無慈悲にもアルデスの胴体を裂き、血の河が噴き出す。

 周囲にも動揺が走る。あまりにも行き過ぎた行為だったのだが、誰も止めようとしない。否、止められないのだ。不用意に行けば、自らも斬られる可能性がある。誰も彼もがそう思った訳では無いが、多くは静観に徹していた。

 唇から滴る血を吐きながら、アルデスは両膝をつく。

「君は、なんだっ! 今更、私たちの間に入ってきて、何様だ! まだ戻れるなんて……そんな綺麗事をっ!」

 アルデスの胸に鋭い刺突が襲う。

 セナは完全に正気を失っていた。怒りに顔を歪ませ、身を任せた。凛としたセナの面影は完全に失われ、ただ内に秘めた感情を子どものように爆発させていた。

「考えたさ! 考えないことなんて、そんな時は無かった! ずっと後悔していた、謝りたかった! もう一度姉妹の仲に戻れたらと、何度も願ったさ!」

 絶え間なくアルデスの身体中に穴が開く。

 意識をなんとか保ちながら、セナの悲鳴に耳を傾ける。どれだけ血を流そうとも、真っ直ぐにその想いを受け入れた。

「自分を呪わない日はなかった! 毎日毎日、来る日も来る日も、自分の無力さと行いと、気にかけてやれなかった姉としての責任が、私の中で私を責め続けた! 分からない! 分からないんだよ! じゃあどうすればよかったんだよ!!」

 セナの目尻から涙が溢れ、自然と言葉も零れていく。

「あの時、私に寄せられた期待を裏切ればよかったのか! 私を信じて付いてきてくれた仲間たちを見捨てればよかったのか! 私の未来も仲間も、何もかもをなげうって……妹を選べばよかったのか!!! なら、私が選んだ道は、掴んだものは……!」

 瞬間、明確な殺意をアルデスは覚える。今、頭がめちゃくちゃなセナは既にゾーニングができる状態ではない。

 返り血を帯びた切っ先がアルデスの心臓に狙いをすます。必死に彼は動こうとするものの、貫かれ続けた体はとうに限界を迎えていた。

 死。それが迫ってくる。恐ろしいものではあったが、それよりも悔いが先に残る。

 セナとリリが仲直りできなくなってしまう。余計に溝が深まり、二度と修復できなくなる。

 それはいけないことだ。分かっているのに体はピクリとも動かない。

 そんなアルデスなど知らず彼女の凶刃が、死を伴って振り下ろされた。

 が、それは心臓に達しなかった。否、アルデスの体に触れる前に、彼の体を庇った者の腕を剣が貫いたのだ。

「もうっもうやめてェっ! アルデスが、アルデスが、死んじゃうっ!!」

 セナはその声に正気を取り戻す。情報が一瞬入らなかったが、徐々に状況が頭の中に浸透していく。

 その眼前に広がるのは、大量の出血をするアルデスとそれを抱き締めて庇うリリ・テレーズの姿だった。

 セナは自分が作り出した凄惨な光景を見て、慄き、震撼させる。リリの腕を貫いた剣がポロリと力無く落ちる。

「あ、あぁ……わ、わた、私は、なんて、なんてことを……!」

「アルデス! アルデスっ、しっかりしなさいよ! ねぇ!!」

 体から力が抜けていくのが分かる。視界がおぼろになっていく。まだここでは倒れてはいけないのに、体は限界を訴えていた。

 光を失う景色の中で、アルデスの思考は回り続けていた。

 このままでは二人の間に更に軋轢が生まれる。今まで積み上げてきたもの全てが瓦解する。

 それはダメだ。セナとリリに、あんな表情は二度とさせない。血の繋がった二人が再び手を取り合い、笑いあえるように。アルデスはその決意を頭の中で弾けさせた。

 

 俺は、俺が出来ることをするんだ

 だから……!

 立て、立てよッ! 立て、立て、立てェッ!

 

 その時。

 彼の中に、一つの映像が浮かび上がる。

 存在しないはずの記憶とは、こういうことを言うのだろう。

 辺り一面の草原、広がる青空、心地よい風が草木を波打たせていた。

 その緑の中を駆ける少女がいる。無垢な笑顔を浮かべ、自分も少女を追い掛ける。

 誰だ? 一体、誰の記憶?

 混濁とした記憶を辿る最中、今度は一つの背中姿が現れた。マントをはためかせ、蒼色の鎧を身に纏う誰か。

 その人物は、アルデスに指をさす。いや、その方角へと指を向けただけなのかもしれない。なのに彼は不思議と高揚感に包まれた。そしてその鎧の人物が、口元で何かを呟く。

 瞬間、アルデスは現実へと戻り血だらけの体をゆっくりと起こし始めた。

「アルデス、だめよ! 私たちのために、こんなに、ボロボロに……」

「いいん、だ。リリさん」

 血が身体中から吹き出しているのがわかる。

 だが、泣き言など今更言えない。歯を食いしばり、定まらない足を剣で支えた。

「俺がどんなに、ボロボロになっても、いい。俺はまた、リリさんと、セナさんが姉妹に、戻れるように、するんだ」

 リリは片腕の痛みをも忘れ、アルデスに悲痛に訴える。

「どうして、どうしてそこまでっ……! 私たちのために……」

「言った、だろ。俺はリリさんを見捨てない。だから、セナさんも、見捨てたくない。だから俺は……」

 剣を抜き、そして構えた。

「俺は、俺にしか、できることを、するッ!」

 セナは動じていた。きっとセナすらも、アルデスのここまでの献身に引け目を感じているところはあるだろう。

 それでもセナも戦士だ。彼が見せたここまでの覚悟を無駄にするわけにもいかない。震える手を御しながら、深呼吸をして剣を構えた。

「……来なさい。君の全身全霊を、最後まで受け止めよう」

 アルデスも強がりは言ったものの、実際は自分でも立っているのが不思議なくらいだった。

 何が自分をここまで立たせるのか。目的はあるのに、その自らの根底にある何かが理解できなかった。

 ハッ、と彼は何か閃く。先ほど、脳内で流れてきた映像。銀の鎧をまとう人物の呟き。それが鮮明に言葉という形を帯びた。

『涯てを、視よ』

 突如、アルデスの内側から知覚できなかったはずの魔力が奔流を伴って現れた。

 赤、青、緑、黄、紫、橙、藍……あらゆる色彩が彼の内包する極限を引き出したのだ。

 できる。今ならあの"技"が!

 根拠のない確証が、アルデスの体と魔力を突き動かす。

 要素を統合せず、魔力を吸い上げ、重ね、幻想で現実を侵食させる。順序よく、パズルのピースがはまっていく感覚に陥った。

 セナを見やる。彼女は笑っていた。歓迎しているのだ、アルデスの極技を。

 ならば期待に応えないわけにはいかない!

 それが力となり、アルデスの背中に二つの極彩色の翼がはためいた。

「ウォォ、オオォヲヲヲ!!!」

 構える。剣を顔の真横に構え、左足を大きく一歩踏み出した。

 そして、今、"虹が解き放たれる"!!

「螺旋ッ! 極光ォオオオオオオ!!!」

 虹を纏い、アルデスは突撃する。

 涯てが視えていた。人を外れていく奇妙な定めが、アルデスに浸潤していく。それでも人は踏み外さない。

 アルデスが人である限り、人としての道がある限り。この虹は、永劫に彼の道筋となる。

「行こうか、"ミュルグレス"」

 セナは剣に魔力を込め、その刀身が雷を帯びて肥大化する。

「千の太刀ッ!! 極理!」

「ウオォオオオオオオヲヲオオ!!」

 そして、極限の一撃同士が衝突した。

 極光が瞬き、虹が螺旋を描く。雷がほとばしり、訓練所を満たす光が幾度となく明滅した。

 ジリッ……とセナは押される感覚を受けながらも、姿勢を保つ。想像以上の火力の高さに、セナは魔力を出力しようとした。

 その時、彼女の剣から魔力が消滅していくのがわかる。徐々に刀身が縮小されていくのが見えた。驚愕を湛えながら、セナは彼の瞳に釘付けとなる。

 アルデスの瞳は真っ白な炎を宿していた。燃え続けるそれは、敵の攻撃も防御さえも遍く全てを燃やし尽くす"純白"の輝きを放つ。

 瞬間、その均衡は崩れ、アルデスはセナの得物を吹き飛ばす。

 カラン、と剣が落ちる音が反響した。

「……見事だ。アルデスくん」

 その声を聞き届け、アルデスは満足したように体を倒した。

 ……届いた。届いたのだ。ようやく、彼女の身に心に、届いた気がした。

 きっと、これで……。

 瞳の奥で、団員たちが騒ぐのが見える。血相を変えてこちらにリリが走ってくる。

 それを境にアルデスの意識は完全に途絶した。