雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

Road of Revive 二章 『星撒きの巫女』/第十一話 英雄は、絶つ

 

「アルデスっ」
 悲痛に顔を歪めてリリが駆け寄る。
 豪刃で破壊された壁や床には瓦礫が飛び散り、まともに攻撃を受けたリイナの泥の残骸とが無造作に撒き散らされていた。
 倒れ伏すアルデスも、泥に巻き込まれながらも息を荒くするのみで負った傷も深くはなかったようだ。
 リリは安堵の吐息を吐いた。
「……バカ。本当に死んじゃったかもって思ったんだから」
「反射的に強化魔法使ったから対応できたよ。そりゃ無傷とはいかないけど。もう体なんて自力でほぼ動かせないし」
「無理をした罰ね。向こう三週間は鍛錬お休みしないと気がすまないわ」
「手厳しいなあ……」
 アルデスは力無く笑ってみせた。
 ロドルスの死、グレンの行く末とリイナの正体。その受難たちは容赦なく牙を向き、血を流しながらも彼は乗り越えた。
 手元に残ったものを数えるのはきっと苦痛だろう。自らが原因で、取りこぼした命は二度と戻ってこないのだから。
 その責任感が真っ白な天井を眺めるアルデスの心を滅多打ちにする。
 だがそれでも……と唇を噛み締めた。
 リリは膝を曲げ、アルデスの手を取る。
「今は脱出しましょう。きっと他の団員さんが私たちを待ってくれてる。VICEに見つかる前に早くでなきゃ……」
「その必要はないぞ。ナイツロード」
 勢いよくリリは声の方向に振り向く。
 聞き馴染みのない、底冷えするかのような声質だった。冷淡な敵愾心と、無関心さ、本来併せ持つことのない要素が弛緩した空気に充満する。
 そこには三人の男女が立っていた。
「なんだァ? こいつら生き残りか」
「ふふふ、可愛い羊さんたちですこと。群れからはぐれてしまったのね。孤独な羊さんはどんな声で鳴いてくれるのかしら?」
 ギザ歯の女と、ウサギ耳の麗しき獣人。
 何よりその二人を率いる前の男は特段に異質な気配をまとっている。
 この世の理では推し量ることができない、当てはめられない存在感だった。
 男は緩慢な足取りで、戦闘不能となったリイナの方へと歩んでいく。リリは身構えるもののサラリとそれを無視してみせた。
「ふむ。なかなかにいい記録が取れた。手柄だぞ、被検体35。我々も"ゼルディス"様に頭を下げた甲斐があったというものだ」
「チッ。あのいけすかねえ魔王に俺まで頭下げたってのにこのザマじゃねぇか。なに満足気取ってんだよ」
「落ち着いてくださいませゼルビア様。凶星様は戦果よりも優先すべき成果があったというだけですわ。どちらに転がってもいいように……そういうことです」
 ゼルビアと呼ばれたキザ歯の短髪の女は青筋を浮かべながらも唾を飛ばすに終わった。
 ウサギ耳の獣人もまぁ……と特に神経に触れた様子もなく、ことなげに微笑む。
 凶星……率いる男は、カルデラを黒い沼の中に収納し手を軽く擦った。
「撤収だ。必要なデータが揃った、もうここに居る必要もない」
 悠然とした足取りで去る中、ウサギの獣人は固まるアルデスたちへと視線を向けた。
「ところで、あの羊さんたちはどうなさるおつもり?」
 凶星は立ち止まり、躊躇なく親指で首に真横へ線を描く。
 リリは即座にその所作が何を意味するか理解し、杖を展開した。
「豪(レ……)……」
 だが詠唱は続かない。二本の槍が、リリの首上をクロスするような形で拘束し地面に叩きつけた。
 その槍の主であるウサギの獣人は、妖艶に笑みを浮かべる。
「あまりの不躾はお控え下さいませ。羊は羊らしく、冷たい地べたの上で鳴いていればよいのです」
「ぐっ、う……」
 リリはジタバタするが身動ぎ一つ許されず。
 杖がない限りまともな魔法すら扱えない。いや、そもそも今の枯渇寸前の魔力量ではあの強者たちに挑みかかるのは無茶だろう。
 ギザ歯の女は鼻白む。
「流石は『呀』の派閥の元構成員ってところかァ? ま、退屈してこっち来た割には地味なことしてやがるが」
「見え透いた侮辱もお控えを。あまり上品な振る舞いではなくてよ」
 ギザ歯の女に、獣人は白い目を向ける。
 すると凶星は突然振り返り、リリの下へと歩んでいく。
「……ふむ。貴様は魔法に寵愛された人間のようだ。今はほぼ朽ちているが、練り上げられた魔力には貴様にしか持ち得ない才能の片鱗も見え隠れしている」
 片膝をついてリリの両頬を片手で掴み、凶星は目線を合わせた。
「なんのつもり……」
「興味が沸いた、ということだ。貴様を『死』の派閥に献上すれば我らの派閥にも多少の箔が付く」
「生憎だけど、貴方たちが思ってるほど秀でてる自覚なんてないから。自分のことは自分が一番分かってる。きっと期待に応えられず、幻滅されるのが関の山よ」
 自らの格を下げながらも、リリの瞳は相対することをやめない。未だに抵抗する意志を、凶星が掛けているサングラスめがけて飛ばす。
 表情が見えない分、情緒も量りづらい。
 言葉の端々に死の匂いを覚えつつも、背後にいるアルデスを庇いながら言葉を紡ぐ。
 しかし凶星は冷ややかだった表情筋をすこし緩めてみせた。
「いいや、貴様は被検体として充満なポテンシャルを持っている。悪いが連行させてもらおう。それとも、後ろにいる少年が死んでも構わないのなら抵抗は好きなだけしてくれたまえ」
 アルデスは必死に体を起こそうとする。
 このままではリリが攫われてしまう。そしていずれ、リイナと同じ道を歩むことになるかもしれない。
 そんなのは駄目だ。だが、限界だった。脳がどれだけ命令しても、筋肉も血も、反応を示すことがない。
「くっそ、くそぉ……リリさん……!」
 仲間たちが傷つき、失いながらも前へ進み勝ち取ったもの。その一つが、まさに目の前で奪われようとしているのにそれを見ることしかできない。
 悔しいし、辛いものだ。何もできない無力感で途方に暮れる猶予もない。もう自分には、何も残っていない。その自覚がよりアルデスの心を追い詰め、そして初めて"諦観"を覚えた。
 終わりだ……そう、思い瞳を閉じた。


 時。アルデスの脳裏に映像がよぎる。
 こんな時に、あの映像だ。戦線に参加してからというもの縁はなかったが。唐突に始まり、そしてまた突然終わる。
 見知らぬ少女が草原を駆けている。それを追いかけている。
 ……だが、今回は違った。別の要素が映像に混じりこんだ。
 それは少女の、溌剌な"言の葉"であった。

『拓いて。アナタの中にある、たった一つの"英雄譚"を』

 現れたのは古めかしい本。羊皮紙で出来たそれにカビ臭さはなく、荘かな装丁をしていた。
 自らの意識体の所在すら不明のまま促され、ページをおもむろに開く。
 するとそのページから凄まじい光量が漏れ出してきた。不思議と眩しさ無く、瞳はそれを凝視した。
 何が書いてあったのか、どんな筆致で、どんなジャンルだったのか。それすらも把握する間もなく、アルデスは、"アルデスが"飲まれた。


ーーー

「……なんだ、この気配は」
 凶星はその異変にいち早く気づく。アルデスが意識を失った瞬間に空気が一変した。大気中に何かが漂う。色を帯びた魔力だと気づいた頃には、凶星は退歩している。
 が、それを易易と許さない存在がいた。
「ぐううぅっ!?」
 凶星の首筋を誰かが掴んだ。空中に軽々と持ち上げられ、刃を突きつけられる。
 リリはその後ろ姿を放心したように見つめた。
「アルデス、なの?」
 姿形はアルデスそのものだ。だが、周囲から出るオーラが違う。角張った髪型は降ろされ、白く発光する炎が彼の体を覆い包んでいる。
 螺旋極光を放つ時と同じ空気感。しかし、それを常にまとうというのは不自然だ。あの状態を維持するのに膨大な魔力量が要求されるというのに。
 まるでそんな事情など意に介さぬように、目の前の存在は生命を輝かせていた。
「……貴様は、貴様は! その魔力、その風貌! その眼差し! 忘れるわけもない! ……くくっはははは!! 見つけたぞ、貴様が、貴様が"星"か!!」
『そうか……彼女は"僕"を星と言っているんだね。何も守ることができなかった、何の価値もない僕を』
 まるで別人のような大人っぽい冷静な口調だった。とてもアルデスの口から放たれた台詞とは思えないほど、清廉で洗練されていた。
「凶星様!」
「このバカが!」
 大斧を取り出したギザ歯と槍の標準を合わせるウサギの獣人。
 悪態をついていたとは思えない連携力の高さで、効果的な一撃をアルデスに見舞う。
 しかし、炎に触れた瞬間に二人の得物が粉々に砕け散ってしまった。
 二人は驚愕に口を開け、動かしていた体を止めてしまう。
「とんだ災難だが、とんだ幸運だ。貴様を見間違えるはずがない。貴様こそ我が派閥の王が求めし、虹の最奥……。"天虹の英雄"だな?」
『あまりその名は相応しくない。僕は自分のことを大層な価値観で見積もっていないからね』
「ナイツロードに隠れていたらしいが、結局は我々の前に姿をさらした。やはり、貴様は逃れられないのだよ。過ちの因果からはね」
『僕があの結末を望んでいたとでも思うのか? ……やめてくれ。力の加減を間違えてしまいそうになる』
 アルデスの手により強い力がかかる。
 だが、凶星はニタリと不敵な笑みを消すことはしなかった。
「貴様を王に献上すれば、我々は次なる段階へ進むことが出来る。王に認められ、さらなる地位と飛躍を確約される。絶対に、逃すものか、英雄よ!」
 凶星の両手に双剣が現われる。その氷刃がアルデスへ向けられるが、彼は冷静にそして全てを終わらすように一つの言葉を紡いでみせた。
『虹の冠(ノクト・エレイズ)』
 空間に亀裂が走る。虹の魔力が大量に流れ込んできたのだ。
 やがて魔力は火薬のように煙を上げる。
 そして要塞は光に満ちた。
 強烈な爆発を起こし、要塞内にあるもの全てを飲み込む。その爆発は虹の柱となって、天に向かって聳え立った。
 なにもかもを薙ぎ倒し、なにもかもを天に還すような荘厳な明滅が周囲一帯を席巻する。

 世界に、一人の英雄が降り立った。


『続』