〜リリ・テレーズ視点〜
私は何が欲しかったんだろう?
今でもそれを自分の中で自分に問う。もう終わったことなのに。無意味なことなのに。自分が納得できないだけで、やみくもに答えを求めてしまう。
でも今の私にはそんな権利も、立場も、資格すらない。
こうなってしまえば、きっと私がほしかったものがずっと分からないままだ。
でも、それが分かって捨てたんだ。今更、惜しがったって戻ってくるものじゃない。
継ぎ接ぎだらけだ。矛盾だらけだ。
今の自分の側にお姉ちゃんが居たらなんて言ってくれてただろう?
でもそのお姉ちゃんはいない。
何よりお姉ちゃんと縁を切ることで、自分がほしかったものとも決別した。……でも実際はその気になっていただけで、私の心に影を落としていたのはいつもそれだった。
あの時……お姉ちゃんばかりが注目されて、私には何もなかったあの時。
辛くて、苦しかった。なんでお姉ちゃんばかりなのだろう。私だっていっぱい頑張ってるのに、誰も私を見てくれない。比較して、されるだけの息苦しい毎日だった。
本当は、お姉ちゃんに打ち明けたかった。
……けど、お姉ちゃんに本音を言って嫌われるのは嫌だった。私だってお姉ちゃんのことが大好きで、大切だったから。
振り返れば、馬鹿みたいな話。
お姉ちゃんの邪魔はしたくないのに、私は私自身を認めてほしかった。姉妹なのにそれを言葉にする勇気すら沸かなかった。
それほどまでに遠い存在になっていく。
でもお姉ちゃんに追いつきたい気持ちは本当。だから座学にも出て、魔法も勉強して、苦手な剣術だってボロボロになりながらも続けた。
なのに、現実はどうにもならない。
結局、周りが見えなくなって、私の周りには誰もいなくなる。
お姉ちゃんが私の前から遠ざかっていく時、寂しさと冷たい孤独を感じた。もう、周りから誰もいなくなってほしくなかった。でも成長するほど自分は醜くなっていく。そんな今の自分を見て見限られたり、裏切られたくない。
もう、そんな孤独に震えたくない。同じ傷を増やしたくない。
だから、刺々しい態度を振る舞ってしまう。
……だから、ずっと周りには誰もいない。
ほんと、自分は子供。お姉ちゃんや周りに構ってもらえなくて癇癪を起こして、捻くれてるただの未熟者。
……あーあ。もう、自分が嫌。お姉ちゃんも周りも。みんな、みんな……嫌だな。嫌だなぁ……。
×××
訓練科の座学が終わる。
メンバーはもちろん、落ちこぼれ三人。レヴォ、リリ、アルデスだ。教官が怠そうに授業の終わりを告げ、レヴォも早々に退室する。
教材を片付けるリリを尻目に、アルデスは昨日聞き込みで調べたことを頭で反復させる。
名前はリリ・テレーズ。
性別は女性。
年齢は十六歳。
メインは魔法による攻撃や支援。
以前は姉であるセナ・テレーズとコンビを組んでいたが、解散。セナは訓練科を卒業し『剣』へと配属され、残ったリリ・テレーズは実技で卒業資格を満たせず、姉の言葉もあってもう一年訓練科課程を履修することとなった。目立った友人はおらず、いつも一人だけで行動している。好きなものは人形、魚、アイスクリーム……。
そんなどうでもいい情報を馬鹿正直に反芻しても仕方ない。アルデスはリリになるべく明るい雰囲気で声を掛ける。
「えっと、リリさん。ちょっと話があるんだけど」
「……なによ。前の話なら、当然お断りよ」
相変わらずアルデスに投げかけられる言葉は冷たい。リリがポニーテールであるせいか、彼女の冷淡な横顔がくっきりと見えた。
それに気圧されることなく、彼はハキハキと喋る。
「でも、きっと君のためにもなると思うんだ! 君は魔法が得意だって聞いたよ。特に炎と雷の魔法は群を抜いてるってことも」
「そ」
「実地に出ればもっと色んな発見があって、自分の魔法を伸ばす可能性に出会えるかもしれないって思わない!? きっと視野が広がってたくさんの人と意見交換もできて、自分の成長に繋がると思うんだ!」
「生憎、今の自分に満足してるの。ごめんなさいね」
トントンと机に教材の底を叩いて揃え、バッグに丁寧に詰める。そうして彼女は、ヒラヒラと手を振りながら扉へと歩いていく。
しかし、アルデスは粘る。横につきながら、なんとか説得を試みる。客引きのようにも見える気がして、気分はよくない。
「俺はもっと君の魔法がみたいよ。出来れば肩を並べて戦ってみたい。背中を預けてみたいんだ! そしてお互いに切磋琢磨できる仲になりたい!」
「でも私たちがやるのは後方支援でしょ? 精々、拠点の警戒、物資の警護。それだけよ。実戦でもないそんなものが本当に成長に繋がると思う?」
「……思うよ、俺は」
アルデスは足早にリリの進行方向に割り込んだ。彼女は睨みながら警戒する。
「聞いたよ、君とセナさんの関係」
リリの眉間に皺が寄る。
情感の薄いはずの顔が一気に歪んだ。
「……そういうの私だから許すけど。他人にはしないことね」
しかし飽くまでも、彼女は冷静さを失うことはない。
アルデスは深呼吸して、一歩踏み込んだ。
「仲直りしたいだろ、お姉さんと」
「…………はぁ?」
彼女は怒りを通り越し、呆れ顔になる。
一つため息を吐くと、リリは彼を責めるような口調で語った。
「アンタ、自分が何を言ってるのか分かってるの?」
「分かってる。余計なお世話だし、姉妹だけの事情に俺みたいな赤の他人が割りこむのはよくないことも」
「なら……」
「それでもこんな関係は駄目だ」
しっかりと彼はリリと目線を合わせた。澄んだ、そして曇りのない瞳に一瞬、彼女は狼狽する。
「血を分け合った姉妹なんだ。もっとお互いを大事にして尊重しあえる関係じゃないと。お姉さんに心無い暴言を飛ばすなんて、それは間違ってる。……本当はお姉さんも、きっと君だってお互いにぶつけられてない感情があるだけなんだよ」
バツが悪そうにリリは顔を逸らす。
ギリリ……と音が聞こえてきそうな程、彼女は奥歯を噛み締めていた。そして暴発しそうな自分を押し留めていたはずの蓋がゆっくりと外されていく。
「何が、何がわかるのよ。アンタが私のことを私たちのことを! 何を知った気で話してるわけ? いい加減にしてよ! アンタの都合のいい頭に付き合ってられないくらい私たちは複雑なの! 他人が今更出てきて仲を取り持つくらいで状況が好転するわけないでしょ!?」
ドン、とアルデスをリリは両手で突き飛ばした。軽い。華奢な腕からきた些細な衝撃のはずなのに、鍛え上げられた彼の体は自然と背後へと後退した。
「あ、待って!」
そんな制止など聞くわけもない。リリの背中はいつの間にか小さくなっていた。
「……複雑、か」
リリが抱えるもの。セナが抱えるもの。
きっと等しいはずの苦しみだ。二人だけにしか分からない、二人だからこそ共有できるものだったはずだ。
けど、何か一つのボタンの掛け違いで、何もかもが噛み合わなくなっていったのだろうか。
アルデスは手のひらを見つめる。自分にできること。それをいつだって自分にしかできないことと変換してきた。だからこそ、自分が正しいと思ったことに真っ直ぐだった。
でもこれはそれが通用しない。自分の正しさだけじゃ、それを真っ直ぐに伝えても、彼女たちの間にできた溝は埋められない。いや、もう埋めることなどできない域なのか。
セナとリリのやり取りを想起する。胸に鋭い痛みが走った。
……まだ、遅くはないはずだ。それも根拠のない、地に足のつかないものかもしれないが。
アルデスは手を握りしめる。
通用しないのはそうだ。けど、それでも何か自分にしかできないことはあるはずなのだ。
彼は座学の教室を後にした。
続