雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

THE Empty Side: Fugue

 


 結論から。わしは謹慎処分で済んだ。

 わしが属する呀の派閥の頭領と、聖職者のようないでだちの男が接触していたと聞く。

 恐らく『狂』の派閥の騎士団の頭領じゃろう。ハルフリーダを思い出す。

 気になってどういう経緯かと訊けば、命令違反であるが重大ではないということ。氷極とハルフリーダの牢獄での会話を盗み聞いていたが、脚色はあったのか、あの騎士団の頭領が一計を案じ寛容な処置となったのか。

 何より免れた原因は、氷極から得たE5の活動内容などを報告できたことか。その意味では命令を遂行しているとも言える。

 ドルゾートの計画を阻害した裏切り者と、後ろ指を差される覚悟も意味はなくなった。

 安堵感もある。が、罪悪感や責任感を感じない訳がない。処遇はどうあれ、裏切り行為には変わらぬのだ。

 しかし人の情とは容易きもの。

 わしを信じてついてきた者たちに合わせる顔がないという沈鬱を、同胞たちは拭い去ってくれた。じゃが完全に消えたわけではない。組織への裏切りも、大きく自分に反している。

 それでも氷極の顔はチラつく。不思議と責任転嫁も、憎しみも湧かない。

 あの短き旅路をわしは自然と思い出していた。

 


ーーー

 

 

 

 わしが氷極を拾ったのはウェス洋に差し掛かったあたりの海域じゃった。

 わしへの命令は"E5リーダー氷極の捕縛、情報収集、及び殺害"。水面下で進行していた計画のようで、当日に言い渡された。

 船で氷の塊を回収し、仲間が駐在するゲオメトリアから離れる。パンタシアについたのは、翌日の夕方じゃった。

 その間にわしは氷極から漂う異臭を感じておった。経験のないその歪さに、わしの食指が大いに動いたようにも思う。

 眠り薬を投薬させ、そのまま危険な荒野へと移る。旅人であることを装い、意識のある氷極と接触を果たした。

 話せば話すほど、愚直な男じゃった。自分の決めたこと、言われたこと、それを曲げない心意気。

 強い使命にも駆られており、わしは試すように案内を所望する氷極に取引を持ち掛けた。

 そうなれば「選ぶ余裕はなし」と躊躇いなくわしの代わりに戦うことを提案する。

 阿呆の考えることじゃった。

 何より組織の未来を信頼しておった。その盲目さはわしの中で引っ掛かる。逆にそんな気負いが自由意志を奪っているとも感じた。

 色の薄い表情からは想像もできないほどの未来への意識。この時のわしは、この若者の未来を逆に案じ、固執する理由に興味を抱いた。

 


 次の日には移動していた。

 わしも氷極とは立場が異なる。数ある場所からあえて険しい道を選び続けた。あわよくば捕縛、または死に至ればという暗い感情もあった。じゃが氷極はそれを乗り越え、難癖すらつけず、わしに着いてきた。取引で結んだ約束も律儀に守った。

 帰るため、というのは本心じゃろう。それは決して度量の広さではないことも然り。気になり訊けば、その声色には強い信頼が帯びておった。

 真っ直ぐな心に、わしは余計にこの若者が分からなくなった。その息苦しさから早く解放されたかった。何故ならわしの軸には、既に氷極の面影が入り込んでいたからじゃ。

 


2.5

 夜になり野宿する最中、ついに組織の話となった。氷極に踏み込めば、VICEへの憎しみを語った。わしは複雑な思いであった。

 じゃが、情報を引き出す為に話は合わせなければならぬ。VICEへの感情を問われた時、わしは秘め続けた疑問を吐露していた。

 それをするほど、氷極との付き合いは悪くないと気が緩んでいたのじゃろう。

 


3

 氷極が放っていた異臭の正体が判明した。

 それは"善性"という呪いじゃった。元の自らと混じり歪となり、過剰な庇護欲に囚われてしまう。確かに呪いとしては一級品じゃ。

 その後のスタンスを聞いた時、わしはその寂しき生き様を憂いた。

 "結果"ならば、それを振り返らず、死であっても尊重し受容すると。呪いで得た人格と言っていた。なんと愚かなものよ。呪いとはここまで人を歪ませるのか。いや、元より氷極自身が歪んだ器だったのか。妙に納得したわしは愉快だった。そんな自分も滑稽じゃった。もうわしの心には氷極が浸潤しておる。

 

 

 

3.5

 そこで欲しい情報を氷極は開示した。隠し続けるのは関係に響くと判断し、間接的にわしの立場を伝える。激怒するかと思えば、氷極の表情は静心を帯びておった。しまいには立場への疑問はないのかと氷極が問うた。

 笑ってしまった。それは組織であれば平等であるものだ。やはり真っ直ぐじゃった。何故か、そんな氷極にわしは安堵していた。

 本人はどこか浮かない顔をしていたがの。

 

 

 

 翌日には荒野を抜けた。道らしきものが見えた頃、氷極が人を見つける。切迫していた故その人影へと近づけば、わしと同じVICEの構成員が密会していた。内容は氷極とわしの立場に深く関わるもの。焦りは生じる。このままでは氷極は人里へと急ぐじゃろう。

 同時にわしは己の任務を想起した。氷極との時間に現を抜かしておった。

 じゃが、約束は果たさねばならぬ。立場と自分。選択に揺れたが、動揺する氷極を導くとわしの進退は決まった。故に構成員に気づかれた後にわしは一計を案じた。

 

 

 

 やはり、夕餉に忍ばせておいて正解じゃった。携帯している特殊な毒で、氷極の捕縛に成功する。だがわしは息苦しさも抱えておった。

 仮にも氷極の信頼を裏切ったのじゃ。立場を優先したが、罪悪感はある。何よりこの行動は自分に反した行いじゃ。だが脳裏によぎる同胞たちや組織がきっかけとなった。守るべきものがある。信じるものは、わしにもある。複雑な心理のまま、先ほどの構成員と合流し氷極の身柄を渡す。じゃがわしはその場に残った。やはり一度覚えたモヤを払拭せねばならん。氷極が監禁された牢獄へとわしは意を決して踏み込んだ。

 

 

 

 許されてしまった。この男に怒りも哀れみもないのかと呆れ返った。優しさも気遣いすらも真っ直ぐで、わしはより自分が惨めになる思いであった。殺したはずの氷極への信頼が再び浮き上がる。故に、未来への固執をやめぬ氷極に視野を広げるべきだと助言した。これ以上問答すれば、わしは今以上に絆されてしまう。その危機を察し、その場を去る。

 

6.5

 女騎士との会話。全てが筒抜けであった。

 牢獄への扉を開けば、相容れない価値観が摩擦を繰り返していた。これが本来の形と距離なのじゃ。わしはどこか沈んだ気持ちとなる。本物の冷酷さに、心は打ちひしがれた。女騎士……ハルフリーダの理念は、氷極に負けぬ歪さとも取れてしまった。

 


 ハルフリーダの脅迫に、氷極は思い悩んでいた。

 わしの胸が痛むほどに、その選択を苦痛としておった。その残酷さにわしは氷極が負けじと抵抗することを願う気持ちさえあった。

 氷極は言った。前向きに検討すると。言い切った訳ではない。じゃがわしの心は安心と同時に感謝に溢れていた。この状況の元凶となったわしの立場をいまだに重んじる。そのまっすぐな温情は、わしに選択の余地を与えたのじゃ。

 


8.5

 わしは氷極の逃亡を支援した上、あえて機密性の高い情報の持ち出しを黙認した。許されるべきではない。じゃが、重い罰を覚悟した。信じるものより、自分を優先した。そのエゴは、人である限り尽きぬもの。

 それも長くは続かぬ。白銀の断罪者はその裏切りを糾弾するようにわしらへと刃を向けたのじゃ。

 

 

 

9

 氷極はハルフリーダとのやり取りの中で確かに成長していた。わしは今までの自分の行いが、その導いたという事実で拭われていく気もした。

 ハルフリーダとの戦闘が始まる。手出ししなければ処罰は軽くなるじゃろう。しかし手を出してしまった。あまつさえ同胞を傷つけた。その過ちはわしを追い詰めたが、やがては退けることに成功した。

 氷極は仲間と合流する。わしは用済みじゃった。しかし氷極は別れ際にも、感謝を言った。当たり前のことじゃ。けれどそれが何よりも心を軽くした。自分にこれから訪れる受難を想像しながら、わしは本名『フーガ』を告げてその場を後にした。

 

 

 

ーーー

 


 わしが氷極に"シュエ"と名乗った理由。

 それは出会いであった。

 船で氷極が通過するであろう海域で待っていると、そこに氷塊が西へと飛んでいく。わしが視認し、追いかけようとした時、その光景に思わず手が止まった。

 美しい、流星のようであった。周囲には砕けた氷が雪の様に舞い散る。その幻想的な景色は、わしの心を奪い去るには容易であった。

 氷極が目を覚まし名を聞かれた時、咄嗟にその光景を思い出したのじゃ。

 


 美しくも儚い、今にも消え入りそうな一時の銀雪を。

 わしはきっと、忘れることはない。

 

 

 

『終』