雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

Road of Revive 二章 『星撒きの巫女』/第八話 嗤

 

 

 要塞に入ると既に混乱状態だった。火の手が上がっていないだけマシだが、指揮系統は全滅だ。逃げ惑うものと、得物を持ち敵へと果敢に向かうもの、二者にくっきりと分かれている。

 何よりも味方が立ち向かう敵に、アルデスは息を呑む。

 それは人外、或いは異形。多様な種別はあれど、目の前にするその薄気味悪さは群を抜いていた。

 真縦大きく見開いた一眼。カマキリのような鋭利な鎌が無数に存在し、唯一人の形を残した体は肥大した顔面を支えきれず崩れては再生を繰り返し、徐々に異形化が始まっている。

 そんな中、アルデスの頭には一人の少女の姿がよぎる。

「リイナ!」

 体はすぐに反応した。援軍には馳せ参じず、二階の住居スペース、三階の食堂、四階の司令室まで隅々に渡り駆け回る。だが、見つからない。要塞内の喧騒も止んできた。駆逐したのか、それとも撤退を開始したのか。定かではない戦況に歯噛みしながら、リイナの名前を繰り返し呼んでは駆け抜ける。

 すると四階の司令室から少し離れた真っ白な廊下でリイナと、異形が対面している状況に遭遇した。

「リイナ!!」

 呼びつけるが反応はない。アルデスは躊躇なく剣を抜き、魔法で加速し異形を切り裂いた。

 しかし、手応えがなさすぎる。まるで泥を切ったような感触だ。

 その感覚通り、異形の裂傷はあっという間に再生し、ジロリとその大きな瞳がアルデスに敵意を向ける。

 巨大な鎌がアルデスめがけて容赦なく振り下ろされた。軽妙さはない。目視で回避はできる。

 だがパワーは格別だ。ここは飽くまでも要塞。頑丈な素材で出来ているであろう床を軽々と抉り取った。

 階下まで貫通したその爪痕に、アルデスは肝を冷やす。

 あの膂力と、物理攻撃への耐性。今持ち合わせる手数では相性が悪すぎる敵だ。

 ならばやるべきなのは、リイナを連れてこの場を離脱しロドルスと合流すること。その為には逃げる隙を作らなければならない。

 しかしそれ以上の考える隙を、異形は許さない。

 異形の鎌は変形したかと思うと、母体を離れ独立して回転を始める。

 それをブーメランの要領でアルデスへと投擲した。

「そんなこと、できるのかよっ!」

 空気を裂き向かってくるブーメランを弾く。すると、すぐさま方向転換し再びアルデスを襲う。

 思わずブーメランに気を取られていると、背後から現れた巨大な影が凶刃を見舞う。回避しても、今度はブーメランが強襲する。

 反撃してもその特異な体質は刃を通さない。だが、蹴り技や殴打は効力があった。

 何度か怯んだ隙を狙ってリイナへの接近を試みるが、ブーメランが厄介だ。まずこちらの攻略が優先だろう。

 今度は逆にアルデスがブーメランへと接近する。方向転換の時を狙って攻撃するが、やはり異形の体質を受け継いでいるのか刃はすり抜けた。

 何故か、拳や蹴りなどには反応を示す仕組みに従い足の指がなくなる覚悟で、迫ってきたブーメランと鍔迫り合った末に前蹴りを下から放つ。

 すると、ブーメランの半分が蒸発し始めた。

「効いてる……? 効いてるのか、あれは」

 それをみたアルデスの中に一つの推理が閃く。異形は体温に反応しているのではないか? ならば他の方法でも、熱をぶつければ有効打になる可能性はある。

 とあるナイツロードの魔法剣士を想起する。

 魔力の練り方、移し方。魔法と剣の応用。

「付与(コネクション)」

 アルデスの愛剣に炎が宿る。もちろん、魔法の専門家が見れば未熟と笑う威力だろう。

 だが、異形が後ずさるのを見逃さなかった。

 確信へと変わる。

 ブーメランは主の意志を無視して、アルデスの命を刈り取ろうと迫る。

 肉薄したブーメランに炎刃を横薙ぐと瞬時に融解が始まる。泥のような液体が煙をあげて、やがて静かになった。

 アルデスは異形へと視線を移す。

 その瞳は油断を湛えていたが、次には驚愕の色に豹変した。

 異形は肉体を惜しみなく独立させ、数々のブーメランを作り出していた。数え切れない程の量にアルデスは絶望しかける。

 剣を握る手が一段と強張った。

「……いや。まだ剣は握ってる。弱点も分ってるんだ。悲観なんて、するもんか!」

「いい肝っ玉じゃねぇか。そういうしぶとさ、大事にしろよっ!」

 突然、頭上から投げかけられた台詞。

 アルデスの目の前に巨体が降り立つ。大鎧を身にまとい、無骨な大剣を訳無く肩に乗せた獅子頭の獣人。

「ロドルスさんっ!!」

「おう! 遅くなって悪かったな! いや、逆に独り占めを阻止できて良かったってところだな!」

 ガハハ! とロドルスは豪胆に笑った。

 そんな会話を待つほど異形は悠長ではなく、無数のブーメランを放った。

「よし、アルデス。戦いながら解説してやる」

 ロドルスが自らの得物に鉤爪を滑らせると、凄まじい火力の炎が宿り一薙ぎでブーメランを一気に溶かし尽くした。

「あれは『死』の派閥が作り出した人造兵器"カルデラ"。熱、そして特に"魔法"の耐性が著しく低い代わりに物理による攻撃の耐性は高い」

 第二陣がロドルスの周囲を囲み襲撃する。

 だが、ロドルスが床に剣を突き立てると豪炎が円陣を描くように発生し再びブーメランを排除した。

 アルデスはその戦いぶりに呆気に取られながら何も出来ない無力感に唇を噛む。

「ちゃんと聞いてるか? 大丈夫かよ、アルデス」

「すみません。ちょっと考え事……」

「まぁいい。そして第二の厄介な点だが、カルデラはな"擬態"ができる」

 ロドルスは不快げに目を細める。

「擬態、ですか?」

「あぁ。主に殺した相手の人間にな。血だったり遺体を吸収して生体データを奪うのさ。そうやって取り込み続けた個体は非常に厄介だが」

 目の前でジッと二人を見据えるカルデラは、身動ぎも感情すら欠乏したようにそこに佇んでいる。

 ロドルスは幸いとでもいいたげに、カルデラを睨んだ。

「あの個体はまだ弱い方だ。あそこにいる嬢ちゃんが取り込まれていないだけマシだな。だから、俺らが連携すりゃ倒せるぜ」

「……っ、はい!」

 アルデスは剣を構え直す。

 再び体を分離させ、ブーメランを作り出すカルデラ。それよりもロドルスの判断のほうが早かった。

 なんと炎が滾る大剣を投擲し、直撃すると即座にそのまま斬り捨ててしまったのだ。

 アルデスは思わず口を開けたまま、成り行きだけを見守ってしまう。

「なんでぇい。本当に大した個体じゃないじゃねぇか。さっき戦ったやつはすぐに溶けたりしなかったぞ」

 ロドルスは退屈そうに大剣を持ち直す。

 連携なんて言葉が小さく聞こえてしまうくらいに、彼の力量は圧倒的だった。

「おい、アルデス。嬢ちゃんを保護してやれ。俺はそろそろ別の区画に行かないと」

「あ、は、はい!」

 リイナの下へとアルデスは駆ける。

 前と同じように、顔を足にうずめたまま沈黙を保っていた。

「リイナ。大丈夫? いま保護するから。もう安心だからね」

 そういってアルデスはリイナに手を伸ばす。

 だが、様子が変だ。

 本当に無反応すぎる。まるで死人のような、気配のなさだった。カルデラに何かされたのだろうか。

 いや、そもそも何故カルデラはリイナの前で制止していたのだ。アルデスが飛びかかる以前に、取り込む猶予などいくらでもあったはずだ。

 その答えは、唐突に現れる。

「れ、」

「えっ?」

 リイナが顔を上げる。

 大きなつぶらな一つ目が、アルデスを愉快そうに捉えていた。

「れれれひひひひひげけけけけげけ殺、頃衣頃殺、取って、パンパンパンおいおい美味しやめぎぎが殺、ししやめらリイナんかちパンせま。リイナパンおか、おかおかわ、りり」

 瞬間、アルデスの胸に刃が貫通した。

 

『続』