雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

Enigma 二話

二話

 


 そんなことをしているうちに、『殖』の派閥の拠点へと到着する。

 この派閥が属する組織、VICEが支配するこの北部地域に人が住める場所などないと高を括っていた。……だからこそ、この娘の故郷が滅亡する要因となったか。

 そんな思考は周囲からの視線で途切れることになる。同じ我が御心であるゼルディス様から誕生した分体たち。多様な姿形と、異能を宿した存在だ。同様に、感情と思考も持ち合わせる。この注目は必然だった。

 驚愕と、軽蔑と、何より敵意の色は濃く、渦巻いている。思えば想定できたことで、人への嫌悪は派閥の特色でもあるのだ。

 拠点へと通され、自室に戻ろうとした瞬間目の前に一つの分体が立ち塞がる。

「ゼルディス様がお呼びです。……理由は語るまでもないですが」

「……そうか」

 娘を一瞥すると心配そうに私を見つめている。このままにしておくのも不憫だろうか。

 私は娘に語りかけた。

「それは無用な感情だ、娘。人間如きに心配されるほど私は軟弱ではない。我が御心も寛容な方であらせられる」

「……そうだといいのですがね」

 目前の分体は諦念とも呆れともとれる言葉を吐きその場から立ち去る。

 私は何の感慨も抱かず、ただまとまらぬ情動に突き動かされ我が御心が座す王座の間へと通された。

 娘は待機させようとしたが、我が御心は同伴を命じ共に玉座へと向かう。

 巨大な広間があり玉座へは紅の絨毯で続いている。

 玉座にて目を瞑り、頬杖をつく存在は紛れもなく『殖』の派閥の魔王、ゼルディス様だった。

 今は人間の肉体を使われているようで、側付きとして両側に整列した異形の幹部たちとは異質な空気を纏っている。

 私は傅き、娘もそれに戸惑いながらも倣った。

「……ご苦労だった、ラファレア。貴様の仕事ぶりは吾(われ)も一目置いている。『八殖星』としての自覚は、十二分にあると評価しよう」

「ありがたきお言葉でございます」

 冷淡だが、鷹揚としたゼルディス様の声。

 しかし我が御心が次に開いた瞼に宿ったのは明確な不快感であった。

「さて……その吾の意向を踏みにじった貴様の申し開きを、一応は聞いてやろう」

 圧倒的な強者が発する死の気配。

 身体中に走る悪寒を抑えつけながら、冷静に言葉を紡ぐ。

「先の村において保護したこの子供に、私は利用価値があると踏んでおります」

「……続けろ」

「はっ……壊滅させた村は魔法を要職とするため、閉鎖的な社会を築き、結果として独自の魔法進化を遂げたと推測しております。その知恵や技術を継承したこの娘に、私は価値を感じました」

 王座の肘掛けをゼルディス様はリズムよく小指で叩く。

「その魔法は、我々の発展に限りなく寄与すると……貴様にはその確信があるのだな?」

「その通りでございます」

「なるほど」

 我が御心は再び目を伏せた。

 沈黙が続く、と思った瞬間……私の細胞が体外へと漏れ出て行くのを観測する。

「うがああぁぁっ!」

 自らの体が搾り取られ、奪われる。構造や構成要素が無遠慮にめちゃくちゃにされ、破壊されていく。無様にのたうちまわりながら叫び声を上げた。

 永遠とも思えるような苦痛が身体を支配する。

「やめてぇっ!」

 娘が悲痛に叫ぶ。ゼルディス様の御前だぞと叱責しようとする衝動をよそに、娘は回復魔法で私の細胞を活性化させ、回復させていた。

「ほう?」

 いつの間にか立てていたゼルディス様の親指にはドス黒い球体が集約している。恐らく私から回収した細胞の群体なのだろう。

 目の色を変えたゼルディス様は細胞の吸収を止め、私へとお言葉を投げかけられる。

「ラファレアよ。貴様の温情は吾も把握している。故に他の分体に慕われていることもな。しかし、人の子を保護するのは温情にしては度が過ぎている。吾の価値観には測れないものだ。……吾の"人嫌い"の性質は本来は平等に遺伝しているはずなのだがな」

 蒸発するような体を引きずりながら、なんとか再び傅く。泣きそうな娘の頭を関係なく無理やりに下げさせた。

「吾も愚かではない。人は憎むべき存在だが、利用できるものは利用する。先ほどの魔法、興味がある。ラファレア、貴様は魔法が得手でもあったな?」

「はい」

「貴様にその子供の教育と世話を任せよう。派閥に貢献するのであれば、人間に必要なものも最低限揃えてやる」

「過分なお計らい、恐縮でございます」

 私にゼルディス様のご尊顔を今は拝謁できない。だが、直感があった。悪い予感でもある。ざわついたその感情に答えを出すように、ゼルディス様は今まで以上に真剣な声色で喋られた。

「しかし、吾にも派閥を取り仕切る責任と他派閥への顔がある。他の分体への配慮、貴様の独断への処罰。吾も自分の力に甘え続けるのは性に合わん。故に、その娘を置くための条件を提示しよう」

 驚くことも、反論もない。むしろ覚悟していたことで、その為に呼びかけに応じた。

 ただで帰れるとは思わない。そんな想定が未だ私に静心を与えていた。

「貴様にはもっとも過酷な任を与える。もちろん、援護はあるだろう。だが今の立場を鑑みて、充分に理解せよ。やってくれるな?」

 断る理由など、私にはない。この娘を守るためではない。我が御心は、私を信じ、私だからこそ任されたのだ。何も疑いの余地などない。きっとないはずなのだ。

 私は、ゼルディス様の御心のままに動くだけだ。

 地面にて握る拳が一段と強く込められる。

 ……どうして私は自分の今の心の貧しさに腹が立っているのか。私は分体にすぎず、何よりこんな感情は出来すぎていると分かっているはずなのに。

 私はそんなやり場のない気持ちに苛まれながら、脳裏に焼きついた娘の瞳と言葉が忘れられなかった。