三話
ゼルディス様との問答を終え、私たちは娘の為に用意された部屋へと移る。
今後は監視という目的で、私も娘と同じ空間で暮らすことになった。
人という種族に排他的で、侮蔑の対象ともなれば当然の処置だ。私も別の同胞が同様の行為に及べば、胸中で躊躇なく嬲っていただろう。
そちら側のはずの私に、一体どのような魔術を用いてこの娘は付け入ったのか。
脳内に様々な場面が移り変わる。不思議と怒りは沸かず、穏やかな心持ちだった。
「ねぇ」
娘はゆっくりと私の顔を見る。
「この部屋、私が使ってもいいの?」
「当然だ。我が御心の計らいを無下にするのは私が絶対に許さんぞ」
娘は再び部屋を一望する。
私個人としては過不足ない部屋の具合だ。寝床があり、机があり、鏡もある。人の価値観に興味はないが、これを質素や殺風景などと難癖をつける者もいる。
しかし娘の反応は毛色が違う。至る場所を触り、見て、嗅いでいる。獣のような習性に私も少し不安になった。
「おい。何をしている」
「何って……確認?」
「確認をする必要があるのか?」
娘はかぶりを振った。
「だってあの人たち、私を殺そうとしてた。あの王様も、私のこと嫌いだよね?」
「もちろんだ。そも、我々は人との共存など求めていない。全ては我が御心の意向であり、そのご意志は私たちにも引き継がれる」
「なら、なんで私を助けたの?」
「……助けてなどいない。飽くまで、私の保身だ。思い上がりも甚だしいぞ」
私はバツが悪く視線を逸らす。
確かに我が御心は、人間など受容しない。この娘が許されたのも、我が御心が関心を示されたからだ。私の言葉より、事実を目撃した事によって。故に助命など、私の行いと程遠いものだ。
そんな結論の最中、娘はくつろぐようにベッドへと腰掛けていた。
「ふわふわ」
娘の表情は未だ傷心が垣間見える。だが、どこか安堵のような柔らかい声色にも聞こえた。
「随分とリラックスしているな」
「うん。村にいた時は、こんなの贅沢だったから」
満更でもなさそうな、言葉の節々。
この環境に置かれた上でのその心胆には驚愕させられる。
私は嘆息をついて、近くの椅子に腰を下ろす。そして、決着をつけなければならない内情を私は遠慮なく切り出してみせた。
「……お前は私が憎いか?」
娘が制止する。
その表情は一気に曇っていく。
「……分かんない。憎いとか、怒れるとか、いまそんなこと言われても、何も感じない」
「そうか」
私は、無意識に天を仰ぐ。
ずっと気になってはいた。
故郷を滅ぼされた事に、何か思う心はないのかと。復讐や故人を追う選択をした人々を嫌という程知っている私は、娘の現状を未熟という言葉で片付けられないでいた。
そんな自分の疑問を解消する為に質問したが、娘は肝心の部分が未熟なのか捻り出せずにいる。
娘に視線を戻せば、沈痛そうな面持ちで目元には暗い陰が落ちていた。
「……娘よ。少し私と出るぞ」
「え?」
娘は小首を傾げる。
「拒否権などお前にあるものか。さっさと支度をしろ」
娘はまだ呆然としている。
私には、我が御心の為に行動する責務がある。このままでは、命令に支障をきたすだろう。
その判断は決して間違ってはいない。
私たちは拠点の外へと出た。