雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

Enigma 最終話

娘が復帰すると同時に、私の過酷な任務が始まった。辛く、苦しく、何度も心が折れそうになった。信じていた者たちから、居場所すらも奪われていく。私の心と生命が摩耗する音が鮮明に聞こえて、鬱陶しい。

 そして任を終えて帰還すれば、いつだって娘が迎えてくれた。どんな時間でも、どんな状況でも、娘は私を笑顔と共に労う。異郷での生活になど、簡単に慣れはしないだろう。迫害や差別すら渦巻くここで、娘にどれだけの心労をかけているのか。私は不思議と負い目に駆られていた。

 我が御心の命により魔法や軽い座学も教えた。言葉通り、飲み込みが早く、応用もできる賢い少女だった。多少、褒めてやれば娘はいつまでも機嫌が良い。おかしな思考回路だった。

 時折、娘が要求しあの花畑へと出向いた。

 植物である私へと警戒心のない小動物たちが囲む姿に、娘は驚き、また私の人格とを一致させて自分のことのように喜んでいた。「また一つ貴方を知れた」と意味のわからない言葉で。こんな私を知れて何が嬉しいのか。人間の感情はやたらと複雑なようだ。

 


 そんな日々が続いた。

 しかしずっとは続かないと弁えてはいる。だからこそ訪れる終焉はあまりにも突然だった。

 


 とある日、私は任務を終えて帰還した。

 とにかく過酷だ。今日は特に群を抜いていた自信がある。

 何より自分の身体はボロボロだった。

 後、一ヶ月保つかどうか……それ程までに私を構成する細胞は衰弱し、ダメージを受けている。

 崩れる身体をどうにか娘の前で晒すまいと魔法で応急処置をして部屋へと戻る。もうこれが何ヶ月も続いていた。

「……帰ったぞ」

 "おかえりなさい"。既に恒例となったやりとりが、今日に限って静寂に変わる。娘の姿が見当たらない。

 あの娘が私用を優先した記憶など一切ない。私はその違和感のままに、娘が部屋で育てていた花から記憶を覗き込む。

 やはり、娘は他の分体によって連れ去られていた。そして何より、その分体も私の行動を先回りしていたらしい。

「『八殖星』が一人、ラファレア様。この女の身柄を取り返したくば自分が指定する場所へと来てください。まだ、幹部という自覚がご健在ならばこのメッセージは無視して下さい」

 わざわざこの花に近づき、傲岸な口調を振る舞うあたり私という存在が余程目障りらしい。こうなることは予測できた。そしてこれが私の、"最期"だとも。

 すぐさま指定された場所へと向かう。

 そこは私が過去に滅ぼした村、娘の故郷であった。

 到着すれば何百人とも数えられる分体たちがひしめき合い、私を待っている。私の姿を分体たちが認識した瞬間、殺意と敵意が大波となって私を襲う。……だいぶマシになった喪失感が再び鋭い痛みに喘いだ。

 するとその群体の中からリーダー格と思しき、雷をまとう分体が歩み出て大げさな動作で一礼した。

「これはこれは。ラファレア様。急なお呼び立てをして申し訳ありません」

「……よい。で、これは何の真似だ?」

「ほう。わざわざ自分が言わなくても、分かっていらっしゃるはずですが?」

 その挑発的な物言いに眉に皺が寄る。

「何故、娘を巻き込む。私が目障りなのなら、私だけを狙えばいい。お前たちは娘を人質にすれば私を簡単に抹殺できると思っているのか?」

「えぇ。アンタの執着ぶりを見ていれば分かりますよ」

「私を殺して、娘をどうするつもりだ」

「用済みですからね。まぁ適当に逃がしときますよ」

 嘘だな。私は軽薄な助命を良しとする雷の分体を睨みつける。

「娘はどこだ?」

「ん? あぁ。おい、連れてこい」

 雷の分体が仲間に命令すると、組み伏せられた娘が出てくる。乱暴された痕跡はなく、一先ず安堵する。

 娘は私を見て、声を上げた。

「ラファレア! ダメっ。この人たちの言いなりにならないで、逃げてっ!」

 必死に叫ぶ娘には耳を貸さない。

 今は二人で助かる道を模索する。せめて、娘だけでも逃れる方法を。私は冷静に思考を回し始める。

「さて、では……消えてもらいましょうか」

 分体たちは臨戦態勢となる。こちらに考える時間は与えられない。

 私も反応して身構えた……瞬間、分体たちの向こう側に放置された屍たちが目に入る。私が殺した村人の遺骸だ。既に白骨となっているが、あの数ならば……。

「かかれっ!」

 分体たちが各々の異能を用いて、私を攻撃する。雷、炎、水、果ては私と同じく、植物をも司る。

 すぐさま両腕を根に変え、勢いよくしならせて捌いていく。私はそれを行うと同時、遺骸を観察していた。まだ私が植え付けた種子が生きているのなら……。

 その攻撃の先で囚われる娘を見ながら、私は遂にまだ種子が生きていることを、微量な力の残滓から察知する。

「やるしかないようだっ!」

 私が確信を持って、種子へとエネルギーを送り込む。瞬間、種子たちが遺骸を包み、巨大な植物となって分体たちを飲み込んだ。

「なっなんだこいつはァーッ!!」

 やはり遺骸の数が強度に依存するのか、あっという間に分体たちは体や足を取られ身動きを封じられた。

 私はその隙を見て、娘を回収する。

 すぐさま跳躍し、木々を足場に村から遠ざかった。

「ラファレア……ごめんね。私のせいで」

「ふん。そんなもの私には不要だ。今は逃げるぞ」

「で、でも……どこへ?」

「……分からん。だが同胞と諍いを始めた以上私は裏切り者だ。あの連中に殺されるか、ゼルディス様に処分されるか。私の運命は決まっている」

「そんな……」

 その会話の直後、私は右肩に衝撃を覚える。どうやらあそこから抜け出した分体たちが私たちを追ってきたようだ。背後を一瞥すれば、その戦列にどんどん分体が加わっていく。

 何より既に崩壊が始まっていた私の体は、その攻撃を受けてもまともな修復ができない。たった一発で、致命傷となってしまった。

「うぐぐっ……」

「ラファレア!」

 私は力を振り絞り、巨木を盾のように追っ手の前へと何個も展開させる。気休めにしかならないが、娘が逃げる時間は稼ぐことができるだろう。

 巨木が攻撃を受け、徐々に突破されているのを感じながら私はなるべく距離を稼ぎ、鬱蒼とした森林へと着地した。

 いざ、腰を落ち着けると私はもう明日を迎えられぬ命だと実感できた。ボロボロと体は崩れ、森と一体化していく。

 娘は泣きじゃくりながら、私へと回復魔法をかける。だが崩壊した細胞は元に戻らなかった。

「なんでっ、なんでよ! 治って! 治ってよ! 治れ、治れ、治れ、治れ!!」

「……もういい。娘」

 私は声を振り絞る。発声はまだ出来るようだ。

 白く透き通るような肌の娘に私は手をあてる。娘は私の手を両手で握り、涙で濡れる頬を擦り付けた。

「私は、お前に充分与えてもらった。お前と過ごした時間は、悪くはなかったぞ」

「ダメよ。こんなところで死んじゃ、嫌……。私を一人にしないで、置いていかないで……」

「娘。私はもう、どうにもならん。どう足掻いてもいずれ終わりを迎える。だからこそ、私の言葉を聞いてくれ」

 娘は訴えることをやめ、こくりと大人しく頷いた。

 物分かりの良さは一級品だ。私は心のどこかで案じた、娘の未来を安心して見届けられる気がして、そんな安堵感に包まれた。

「私はお前を受容した事で多くのものと、命すらも失う。賢いお前の事だ。どうせ、わかっていただろう」

「……分かってた。ラファレアがみんなから冷たくされてるのは」

「はっ……堕ちたものだ。人間に私の醜態が見られるなど。屈辱極まりないな」

 その言葉には真剣味はない。きっと私の中で娘の存在が非常に大きいからだろう。

 そんな冗談混じりな口調でも、娘は優しく包み込んでくれる。私には勿体無い程の、私以上の温情だった。

 そんなものに甘えていた自分を認識すれば、私はまた屈辱に微笑んだ。

「故に、だ。娘。それら全てはお前の責任ではない。ひとえに私が選び、判断したものだ。お前が気負うなど、思い上がりも甚だしい」

 私は絶えそうになる発声をなんとか紡がせようと、酸素を何度も体に送り込む。

 これだけは伝えなければならないのだ。

「だから前を向け。やりたいことをしろ。自由な在り方で、お前はお前のやり方で人を思いやるんだ。何よりこんな言葉を人であるお前にかけれるのは、お前という存在のおかげなんだよ」

「そんな、そんなことっ……」

「……感謝する、娘。お前はあの花畑できっと人の感情が分かると言った。今ならば、それがなんとなく理解できる」

 私は初めて娘と花畑を見に行った記憶が蘇る。思えば、あれが転機か。私は私自身と向き合った。そして、その天秤は娘へと傾く。

 絆されたと言えばそうだ。けれど、私が思う償いは、確かにその中で輪郭を帯びた。

 それはきっと"他人から人を思う心を与えられる"ことだったのだ。同胞だけでなく、分け隔てなく全てに対する、平等な感性と感情。

 私は娘にそれを育てられ、私は返礼に娘を育てた。都合のいい償いだ。私はまた自嘲してしまう。

「でも、ラファレアがいなくなったら、私にはもう何も……」

 悲観する娘に私は安心させるよう、手で頭を撫でた。

「この私が、考えていないと思うか?」

「えっ?」

 娘は驚愕に目を開く。

 私は手を戻し、視線を絡ませた。

「KRという傭兵団へ行け。そこに、お前の姉がいる」

「ナイツ、ロード?」

「……伝手の情報だ。信頼していい。それとこれを」

 私は懐をまさぐり、一つのペンダントを取り出す。

「これって……?」

「私の加護が宿った品だ。安心しろ。ゼルディス様は干渉できない。そのような細工をした。かなりかかったがな」

 娘はそれを受け取り、ゆっくりと首にかける。

 悲しみに震える顔で弱々しく娘は笑みを作ってみせた。

「ねぇ。似合ってるかな?」

「あぁ。お前のような美しい娘には、丁度いいだろう」

 私の意識が薄れ始める。視界もボヤけてきた。未練はないはずだ、ないというのに私はいまだに何かを忘れている気がする。

 大事な、もっとも大切なものが。ずっと知らなかった娘の真実……。

 娘? 私はその答えに意識が一瞬明瞭になった気がした。

「……娘。最後だ」

「ラファレア?」

「お前の名を教えろ」

 娘は一瞬、固まったがすぐに理解して頬をかいた。

「……はは。そういえばなんだかんだ、娘で定着してたもんね」

「ふん。興味など、なかった、からな」

 言葉が絶え絶えとなる。もう時間は残り少ない。

 娘は苦痛に顔を歪めながらも、確かな声で私へとその名をゆっくりと告げた。

 


「"リリ・テレーズ"。それが私の名前」

 


 私の胸の内が、ようやく晴れていく気がした。

 短くも可憐で響きのいい娘らしい名前だ。

「……リリ・テレーズ。リリか。いい名前だ」

「本当はもっと呼んでほしかった」

「わがままな、やつだ。だが、最後に知れて、よかった」

 私はエネルギーを発動させる。癖で行うそれに、もう迷いも躊躇いもなかった。

 リリの周囲が翡翠色の光量で満ちる。それは転移の魔法だ。彼女の顔がその別れを察し悲痛に私の名を叫んだ。

「ラファレア! ラファレア!! 私の、ラファレア!」

「リリ。……私が消えても、道は続く。"生きろ"」

 言い終えると同時その光はリリの姿を飲み込み、やがて一筋の光となって天へと溶けていった。

 それを見届け、私は消えた半身を眺める。そして最後の物思いにふけった。

 リリが教えてくれたこと。

 私が失ったもの。

 忠誠心とリリの命の狭間に揺れ、それでもリリを選んだこと。

 あの医療分体はきっと後悔すると言った。失ったものは戻らない。その後悔は、ある。けれど、私が選んだ道に後悔はない。それ以上のものを私は得たのだから。

 しかし、後悔か。よく考えれば一つだけある。最後の最後に私は消えゆく意識の中で、ポツリと誰にでもなく後悔を零した。

「願わくば……もっとお前を、その名で呼びたかった」

 私の生命活動は、緩やかに眠るように、そして穏やかに停止した。

 

 

 

ーーー

 


「リリ。そろそろ本番だけど行けそう?」

「うん。今日が"アイギス"の初任務だもん。ちゃんとしなくっちゃ」

 二人の少年と少女が、輸送ヘリコプターの中で声を張り上げながら鼓舞しあう。

 荒野の中で、失踪する魔族がいる。何もかもを薙ぎ倒しながら、ひたすらにその先にある拠点へと突っ込もうとしていた。

「うわぁ……なにあれ。あんなの本当にレヴォとセレア止められるの?」

「何言ってんのよ。オルトネーゼさんもいるんだから、弱気にならないっ!」

「う、う〜〜ん。まぁなんとかなるよな!」

 少年はニコリと笑みを浮かべる。みなぎる魔力を感じていると、隣の少女がおもむろに首元からペンダントを取り出した。

「ラファレア……私たちを守って」

 瞑目し、そうつぶやいた後、軽くペンダントに口付けをする。

「え、なにそのペンダント。初めて見た」

「そりゃ見せたくないもん。私が本当に弱くなったら取り出す勇気のおまじないだし」

「なんだ。やっぱリリさん緊張してるじゃん」

「もー。余計なこと言わない!」

 そんな応酬をしている内に、無線から通信が入る。

『さてさて、お手並み拝見ね。もうすぐ指定の位置にくるわ!』

 少年と少女はその無線を合図に頷きあう。

「行こう、リリさん!」

「えぇ。行くわよ、アルデス!」

 少女は勢いよく叫ぶ。

 そこには、痛みに苦しんだ過去の面影は一切ない。

 前を向いて、生き続ける。

 それが少女と怪物が交わした約束。

 


"ねぇ。ラファレア"

 


"私は前を向いてる。生きてる。貴方からたくさん学んだから"

 


"だから、いつでも、いつまでも、これをラファレアに言わせて"

 


"貴方がいたから、私は明日のために戦える"

 

 

 

Enigma 『完』