雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

THE Empty三話

 


「ぬ、ぬし……なにをしておる?」

 その問いかけに彼は応答しない。代わりに真っ黒な視線がシュエを捉えた。美しかった紫は変色し、生気が干からびている。冷ややかで、ただ機械的にその意志を実行していた。それを感情と呼べるものなのか、それすらも怪しい程に。

「どうしたのじゃ、ぬし。しっかりするのじゃ!」

 その声掛けに氷極の瞳は元の色を取り戻していく。掴んだシュエの腕を見て、最初は驚くも、表情は自嘲へと変わっていった。

「……すまない。やってしまった」

 ゆっくりと手を離す。

 赤みを帯びた部分を見て、氷極も罪悪感に項垂れた。

「訳ありのようじゃの。気づいてはいたが」

「なんだ。それなら言ってくれればいい」

「大切な事は本人から話すのが筋じゃろう。好奇心で引き出しても、後腐れは目に見えておるからの」

「確かにその通りだな。言い出せずすまなかった。ちゃんと話そう」

 力無く座る氷極の影が頼りなく揺れた。シュエは目を瞑る彼を見ながら、次の言葉を静かに待つ。

「俺には呪いがある。別の存在から継承した"善性"という呪いだ。俺も昔はまともじゃなかった。本来の自分と呪いが混ざった結果歪な形を得たんだ」

「呪い、か。あまり良い生き方は望めなさそうじゃが」

「そうだな。ひたすら呪いに振り回されてきたよ。俺の意志がまるで無視されてきた。俺のはずなのに、俺じゃない。中途半端な善性は俺の自意識を混乱させるには充分だった」

「あの過剰な守りも、その善性が理由か」

「そうなるな。歪な善性は物を選ばず、俺は身を賭してその命を守ろうとする。……これまでの罰と言えば聞こえはいいかもしれない」

 半分だけ開いた目。その奥で様々な回想が、重く爽やかに脳裏を過ぎていく。

「だが、まともではなかった分、そうして得た経験も大きい。今を形作ったのがそれと思えば、過去の自分や経験を憎めなくなった。自分の意志とは無関係でも、自分の行いは無かったことにはならないからな」

 蓄積されたものは無駄ではない。自らが見てきたもの全てが未来への投資となる。

 その希望的観測を語る口調は、明敏で一切の迷いはなかった。

「だから俺は"結果"を尊重した。自分の行いが英雄的であっても、利敵であっても、それを肯定しなければ未来は見れない。発端がどうあれ、それで迎えた死だとしても、今までの自分はその結末を後悔しない。恐らく自分はその死すらも尊重できてしまうからな」

 悲観にも、場合には楽観とも取れる。

 彼が未来に固執する理由。いつかの氷極も言っていた。それは組織が見据える未来のためと。

 だが、シュエはその言葉を聞き氷極の覚悟を今一度認識しようとする。

「その未来が悲惨なものであればどうする」

「明日の為の戦いに悲惨は一々考慮しない。今の時代に俺はいるが、その先の役者は俺じゃない。未来を生きる命を繋ぐ戦いの結末が、組織と俺の終着点だ」

「……では、その結末が尊重しがたい、悲劇的で残酷なものであってもぬしはそう思えるのかの?」

 自分にとって都合のいいものばかりが世界ではない。シュエが見てきたものもいつだって、幸福と苦難の連続だった。平等にある壁に対し、それでも結果を尊重すると言い切る氷極には少し不安を覚える。

 だが氷極は硬い表情筋を初めて、柔らかくした。

「思える。俺はきっと、尊重してしまうだろうな。組織の未来が見れなくとも、誰かがその未来を見るのなら、俺という存在は組織に準じたと判断するだろう。生きた痕跡に執着はない。繋げられたのなら、それで本望だ」

 シュエはその言葉を噛み締め、胸を撫で下ろすように目を閉じる。

 歪ではある。だが、その生き方は彼に即している。何より"先"ばかりを見すぎていた。自らの考えに影響されていると言えばそうだ。

 それでも、自分を見失うより先んじて形を作る氷極に彼女は納得していた。

「なるほどのぅ。またぬしのことを一つ知れたわい。これまた面白いものを拾った」

「そうか? まぁ、短い間だが好きに使ってくれ」

「遠慮なくそうさせてもらう。それと……そうじゃな。ぬしが一方的というのも不義理なもの。わしの素性も少し明かそう」

 綺麗な布を麻袋から取り出すと、その布からキセルが顔を覗かせる。昨日とは別のものだ。手際よく準備をすると、紫煙をくゆらせる。その姿には魔性を帯びた妖艶さすら感じさせた。

「わしもある組織に属する一員。言っておくがぬしの組織とは恐らく性質が真反対じゃ」

 氷極はその言葉に黙って耳を傾ける。

「だからこそ相容れぬ気持ちはあった。それも既に表に出たがの。ぬしの志に根負けしたのも事実じゃ」

「……分かってはいた。シュエが選んでいたのは、なんとなくな」

「ぬしに見破られるとは落ちぶれたの。結果的には乗り越えられたが」

 口惜しそうにシュエは煙を吸って、吐き出す。氷極も表情には出なかったが、内心は苛烈な情動が全くないことに驚いていた。

 不意にそんな彼の中で、立場の違う者への問いかけが心の中で湧き上がってきた。

「シュエ。貴方は、組織に利用されていると思ったことはないのか?」

「……利用じゃと?」

 彼女の動きが止まった。

 重たい沈黙が支配する。

 シュエがプルプルと震え出した時、氷極は自らの失言を悟った。

「すまない……。シュエの組織を貶したいわけではなかった。配慮不足だったな。申し訳な」

 瞬間、彼女はケタケタと笑い始める。

 大笑いというほどではなかったが、その快活な笑い声は洞穴を満たす。

 ひとしきり笑うと、尻尾を軽く左右に振った。

「……っはぁ。ぬしがそれを言うか! お主が」

「そんなにおかしかったのか? てっきり失言かと思ったぞ」

「いやはや、酔狂な男じゃ。苛立ちより、愉快が勝るとはな。ぬしのことだと合点するわしも何より滑稽ではあるがの」

 氷極は未だ符合がいっていないようだが、シュエは気にせず煙を吸って気持ちと場を持ち直す。

 そして悠然と質問に答え始めた。

「そうじゃな……利用されたら負けという風潮はわしは好かぬ。個人の力というのは有限じゃ。故に利用し合うのは必然。じゃが利用されるうちが華よ。組織は価値を失った宝石をわざわざ磨く必要がない。なればより輝きを得る為に互いに利用する。そこに疑問や不服を感じれば、命は短いじゃろうな」

 そういってキセルをしまうと、煮ていた鍋を火から避け、スープを皿によそいはじめる。

 薄々気づいていた。敵は意思疎通の取れない化け物ばかりではない。守るもの、信じるものは、お互いの中で渦巻いている。シュエの当たり前なはずの考えに、心が距離を測りかねていた。

 肉がゴロゴロと入ったスープを渡され、氷極はその水面を見つめている。シュエは自分のスープを啜りながら、ペロリと舌で唇を舐めた。

「あまり、考えすぎぬ方がいい。戦における事情とはいつだって平等なものよ」

「……そうだな」

 そう呟き氷極もスープを静かに啜る。

 少し、塩味を強く感じた。

 


『続』

THE Empty二話

 


「ほれ。はようここまで来い」

「あぁ……分か、ってる。ま、待て……」

 息を切らしながら、手がかりを探す。なんとか握り、再び体を上げる。また、手がかりを探す。気が遠くなるほど、これを繰り返している。時間も体力も奪われていくのを知りながら、ただ彼女を氷極は信じていた。

 シュエと氷極が登っていたのは険しい岩肌だ。彼女は忍者のような身軽さで登るが、氷極はそうもいかない。息を荒げて、ただよじ登り続けていた。

 頂上が見えてきた頃、いち早く着いたシュエはよじ登る彼を軽くからかう。

「このような山でへばって貰っては困るな。それとも能力を使えばよかろう」

「ダメだ。何度も言うが、能力にも、体力がいるっ! 約束のために温存するのが、定石だろっ」

「ほうほう。男というのは奇怪よな。そんなにわしは庇護欲がそそられるか?」

「そんな、わけ! 俺は約束を、守る、だけだ! それに"あんなの"はいつも通りだよ!」

 氷極は言い切ると同時に岩の上に到着。腰をつき、苦しそうに肩で息をする。

 それを静観をしていたシュエは、道中の彼の行動を想起していた。

 この荒野で近道を選ぶとなると、安全性に乏しい道となる。もちろんシュエはそれを承知していた。

 いざ足を踏み入れた瞬間、予定調和のように凶暴な生物が次々と牙を剥く。集団もあれば、個で襲いかかるものもいた。

 しかし氷極はことごとくを退ける。死地を渡り歩いたその実力は、シュエも評価していた。

 だが、時間を掛ければ数も増える。ボロボロの氷極もよく戦った上、約束通り一切手出しさせなかったし、彼女も手を出さなかった。

 そんな戦いの中で、彼女は氷極のある行動に違和感を覚えた。

 それはシュエが標的になった瞬間の、氷極の"異常なまでの守り"。自分の身を犠牲に、とはまさにこのことかと彼女は実感する。まるで別の何かが、彼に乗り移ったかのような過剰さは動揺を誘った。

 "何かを抱えているな"。

 この異変を彼女はそう推し量る。

 氷極を保護した時から違和感はあった。溢れ出る異質な匂いには今なお興味はある。

 珍しい境遇への好奇心だが、彼女は中々それを切り出せずにいた。

「さぁ。次はどうすればいい? 今度はどこへいくんだ」

 そんな余裕ぶれる程の体力など底尽きているはずだ。氷極を突き動かすのは、やはり昨日言っていた組織か。目的がないとはいえ、自己を切り捨てすぎではないだろうか。

 シュエは一転、少し感傷する。あまりにも氷極のスタンスは理解できないからだった。

「……のう、ぬし。わしに文句の一つもないのかえ?」

 口からポロリと本音がこぼれる。何故、この男は言い掛かりの一つも言わないのか。

「文句? 逆にどこにそんな無礼をはたらく必要があるんだ」

 疲労の滲む彼の汗顔には、真剣味すら感じ取れた。その言葉のありかが本心であると知り、シュエは内心でため息を吐く。

「さんざん殺し合った後に、こんな険しい岩に登らせるたわけなどそうそうおらん。近道とはいえ、ぬしはその受難に何も思わぬのか?」

「何も思わないな。貴方は俺を助ける為に案内をしてくれている。その厚意を疑う方が失礼だろう」

「じゃが、もっと手心を加えれると思わないのか?」

「ない。必要ならば受け入れる。それだけだ」

 シュエは不思議でならない。反抗する意志が皆無だからだ。多少の反感というのが、彼女の知る人情のはずだ。

 行き違う感覚に、押し黙ってしまう。

 一方の氷極はただ上から見据える彼女を疑問に思う。

「どうした? 早く行こう」

 氷極は立ち上がり砂埃を払うと、下り坂となっている広い岩の道を淡々と歩んでいく。

「……なんじゃ、あいつは」

 この険しさに文句の一つもない。

 約束は律儀に守る。

 放つ言葉に嘘偽りがほぼ混じらない。

 本来ならこんな事実、不都合がなく便利だと流すのが常だ。だが氷極が抱える"何か"という事情が、シュエの好奇心を次々と派生させ、後押しする。

 らしくないな、と首を傾げてシュエは氷極を追いかけた。

 


ーー

 


「なんだ、もう火を焚いてたのか」

「うむ。食糧の調達は今朝抜けた地で済ましたじゃろう? ぬしもご苦労だったな」

 パチパチと跳ねる火の音が、苛烈な道中とは変わり安心感を与えさせる。心地よい夜の静寂と風が、小さな洞穴に充満していた。

 拾った薪を下ろして手を清潔にした後、食材を捌くシュエに氷極は語りかける。

「手伝うか?」

「不要じゃ。寄りかかりすぎるのは性に合わん」

「そうか。何か必要なら言ってくれ」

 そういって氷極は焚き火を挟んでシュエの対面に座った。

 すると自分のメンテナンスなのだろう。氷極は両手に雷と氷を発現させては握り締め、感覚を確かめている。

 それを一瞥したシュエは、抱いていた疑問を不意に投げかけた。

「ぬしの雷と氷は異様な色を帯びておるの。灰色とはまた珍しい」

「珍し過ぎて、逆に不気味がられるよ。難癖をつけるやつは一人もいないがな」

「なるほどの。ぬしが属する組織もまた特異ということか」

 氷極は肩をすくめる。

「否定はできん。だが、居場所ではある。みんな、志は一つさ」

「VICEと、戦うことがか?」

 踏み込んだシュエの質問だったが、むしろ氷極は溜飲が下がったような表情をする。

「気づいていたのならいい。まぁ、この世界の共通の敵はVICEだからな。自然ではある」

「あれらは侵略者じゃからな。今までの蛮行を思えば血が逆流するのも致し方なし」

「そうだ。俺はVICEを許せない。獣にも劣る手段で市民を誑かす連中だ。……いや、俺は少し特異な部隊で働いてるからこんな思考になるのか」

 投げやりのような言葉に、シュエは怪訝に思う。考えるに氷極が相手にしているのは本当にVICEなのだろうか。傭兵にもVICEと関連した組織と争う者もいる。一概にそのものと戦っている訳ではない、というのがシュエの知識が裏打ちしていた。

「思うのに、ぬしは誰と刃を交える?」

「刃……あぁ。俺たちが相手をするのは、VICEの思想に感化された一般人だ。こいつらは盲信した結果VICEに服従し、力と引き換えに道具となる。俺たちは主にそうしてスパイとなった一般人への予防のような役割だよ」

 言い終えると近くにあった飲み水で口を湿らせる。

 シュエは確かめるように首肯した。

「……複雑よの。本来守るべきものと殺し合う正義か」

「あぁ。何度も在り方を疑ったが、その歪みの下がVICEであれば、俺は連中が苛烈な悪であるとしか思えない」

「まぁ……そのような見方が一般的ではあるじゃろうな」

「シュエはどう思う?」

 訊かれると少し思案顔のまま、指を顎に当てる。

「ふむ……。VICEのそのやり方を切り取るならわしには不相応ではあるの。非道な手段とはあやつらには常識なのだろうが、それで得た結果にその力量は映らぬ。映らねば得た権力に栄光があるとは思わんの」

 氷極は意外そうに目を丸めた。

「……辛辣だな。だが筋は通ってる。そんなもの仮初に過ぎない」

「飽くまでわし自身の意見じゃ。あまり間に受けるな」

「分かってるさ」

 お互いの頬を撫でる夜風が、硬くなった空気を和らげてくれる。シュエは小さな鍋を取り出し、スープを作り始めた。

 時折、聞こえる遠吠えや虫のさざめき。鍋から出る蒸気を見つめながら、訪れた沈黙を二人は受け入れていた。

 煮る音が響く中、シュエの腕に一匹の虫が止まる。なんてことはない、小蝿だ。躊躇いも見せず、彼女の親指は潰しにかかった。

 突然、シュエの腕が誰かに掴まれる。体を震わせ、何よりその力強さに度肝を抜かれてしまった。

 描いた美曲を掴む手、驚きに満ちた瞳をおもむろに上げればそこにいたのは不気味な圧を放つ、氷極だった。

 


『続』

THE Empty 一話

 


 星空。

 目を覚ました氷極の視界に飛び込んだ、最初の景色だった。目を瞬かせていると徐々に生きているという実感と、過去の記憶が氷極の中に蘇ってくる。自分の悪運の強さに内心やりきれない安堵を覚えた。

「……熱?」

 先ほどから右頬に暖かさを感じていた。周囲を見渡せば、荒野だ。察するに焚火か何かか。誰かに助けられたのだろう。

 様々な生物の鳴き声が響き渡る中、その均衡を崩すように大人びた声が氷極の耳に届く。

「目を覚ましたようじゃの」

 声の主の面貌をみた瞬間、バッと勢いよく氷極は起き上がる。

 チャイナ服を着た、虎の獣人だった。褐色の肌や、よく引き締まった身体に揺れる尻尾。こちらを値踏みするような不敵な目を向けている。

 妖しい雰囲気ではあったが、氷極は気を取り直し礼を言う。

「状況から察するに、助けてくれたのは貴方だな。感謝する、虎の御仁」

 獣人はゆっくりと頷く。

「うむ。ぬしが荒野に倒れていた故な。あそこは肉食の生物が跋扈しておる。放置するのは危険と判断した」

 随分とこの地域に詳しいのだろう。獣人が携帯している麻袋を見る限り肩書きは旅人のはずだが、どうにもその風貌からは連想しにくい。

 不意に氷極の中に一つの疑問が浮かぶ。

「……すまない。ここはいったいどこだ?」

「? ここはパンタシア界陸の……そうじゃな。東端に近い地域か」

「パンタシアだって!?」

 氷極は獣人へと乗り出したかと思いきや、すぐに非礼を詫びて力無く地面に座り込む。

 無理もない。彼がいたのはゲオメトリア界陸……東の大陸のはずだった。

 しかし、グレイ・ジャックの攻撃をくらい、そのまま西のパンタシア界陸まで飛ばされたということになる。

「どうした? なにかあったのかえ?」

 首を傾げる獣人に今までの経緯を説明する。自分は傭兵組織に属し、戦闘の最中意図せずここまで飛ばされたということ。所属先がKRであることは伏せておいた。

 それを聞いた獣人は目を丸めて、やはり驚嘆していた。

「……よくぞ、イス洋にもウェス洋にも不時着せずこれたのう。運が良いのか、悪いのか。しかし、ここからゲオメトリアはちと無理がある」

「あぁ。それにあの戦闘から何日経過してるのかも不明だ。戻る手段がない以上、今は仲間との連絡手段を確保するのが最優先だろうな」

 焚火に向かって冷静な思考を投げつける氷極に対し、獣人は軽く笑ってみせる。

「いい胆力じゃ。帰らねばならぬ理由は相当らしい」

「やり残したことがある。今すぐにでも帰還しなければならない」

 おもむろに襟にある小型の通信機を確かめるが、もちろん応答はない。

 丸太に足を組んで座る獣人への自嘲気味な視線を向けた。

「だが、それもその一歩手前でこのザマだ。情けないよ」

「目的は測りかねるが、逃した好機は巡り巡って再び訪れる。堂々とその時を待てばよい」

「……なんだか、貴方が言うと不思議と含蓄があるな」

「あまりわしを買うな。まぁ褒められて悪い気はしないがの」

 コロコロと獣人はまた笑う。

 接しやすい、分別のある女性だ。柔らかい笑みも、慎み深さすら覚えてしまうほどの動作も。

 氷極も自然と態度は軟化する。

 "純粋な善意"による行いかはさておき、信頼に足る人物ではある。そう判断すれば自ずと彼の中に選択肢が生まれた。救ってもらった上、懇願するのは心苦しくもあるが生還することが今は一番だろう。

 意を決して、獣人へと頭を下げる。

「頼みがあるんだ。虎の御仁」

「まずその虎の御仁という呼び名はやめてほしいのう。少しムズムズする」

「あぁ、そうなのか。なら……なんと呼べばいいだろうか?」

 獣人は小指で丸太を軽く叩き思案する。

「そうじゃのぅ……。うむ。わしのことは"シュエ"と呼ぶがいい」

「シュエか、わかった。じゃあシュエ。頼みがあるんだ」

 氷極の切り替えの早さに、シュエは少し退屈そうに目を細める。

 が、すぐに頷いて続きを促した。

「俺を貴方の旅に同行させてほしいんだ」

「ほう。同行する理由は仲間と合流する為かの?」

「……その通りだ。恥ずかしい事だが、今の俺には知識も情報もない。戦えるだけの素寒貧など行き倒れるだけだ。だから、貴方に頼らせてほしい」

 シュエは懐からおもむろにキセルを取り出し火をつける。あえて氷極から目線を逸らして、呆れと共に煙を吐き出した。

「ならば取引じゃ。ぬしは対価に何を支払う?」

「俺が貴方の剣となろう」

「こう見えて、守られるほど非力な獣ではないのだがの」

 燃えカスを要領よく落としながら、不満げにシュエは言い放つ。

 氷極はかぶりを振った。

 彼には確信がある。長年の戦場で培った経験は、彼女が只者ではない事を訴えていた。そんな強者を前にこの取引は、戯言と切り捨てられるのも当然だ。しかしあえてこの条件を口に出したのは、シュエが湛える緑の瞳に映る算段があるからだった。

「貴方が戦わなくていいようにする。ここら一帯の危険は全て引き受けよう」

 目論見通り、シュエのキセルを持った手が止まる。

「正気かの? 先ほども言ったが凶暴な生物が多い一帯じゃ。広くもないが、狭くもないこの場所で情報に疎いぬしが戦い続けるのは、目的と矛盾しているとも考えられぬのか?」

「あぁ、生還するのが目的だ。けど、手段を選り好みできないのも事実だ。なら俺は、危険だが確実な方に賭ける」

 氷極は拳を握る。

 E5も大事だ。だが、先導者がいなくては集団はまとまらない。上手くやれても、きっと一時凌ぎだ。グレイ・ジャックの捕縛に成功しても、していなくとも導く者が責務を全うしなければ次のステップには進めない。

 先へ先へ、前を見なければ決していい結末は掴めないのだから。

「……俺には大した目的はない。だけど、組織の在り方には準じられる。だからこそ、それが目指す未来の為に、俺は帰らなければいけない」

 シュエは氷極を凝視する。

 その熱量、その覚悟、この男の言葉は信用できる。口だけの浅さは感じない。だが同時に巡る打算もあれば、その覚悟を無下にするのも自分とは相反している。

 それにシュエにも成さねばならないことがある。故に……。

「いいじゃろう。好きにするといい。近くの人里まで同行させよう。ただし、約束を反故にすれば、分かっているの?」

「もちろんだ。俺はそんな薄情な事はしない」

 それは裏切り前の常套句じゃろう……。

 シュエは必死なあまり言葉を選ばない氷極を見て出そうになった台詞を飲み込む。

 ほぼ無表情なので、彼の感情を読み取ることは難しい。

 だがその真正直さは偽ることさえ困難にしているとシュエは感じていた。

 氷極は必要な隠し事はできるが、本音は正面から発露してしまう。それは彼が内側と向き合い続けて得た人格だった。

 それを知ってか、知らずかシュエは顎に手を当て彼を見つめていた。

 

 

 

『続』

THE Emptyプロローグ

「……投降しろ。"グレイ・ジャック"。お前に逃げ場はない」

 グレイ・ジャックと呼ばれた男は後退る。

 数歩のところで、その先に足場が存在しない事を察知した。悔しさに奥歯を噛み、目前の集団、KR特殊部隊"E5"の面々を恨めしそうに睨みつける。

「ほんっとに往生際が悪いこと。わざわざダストリアスまで追う羽目になるなんて」

「ま、まぁまぁ……『紅』そんなに怒らなくても……」

「私にも予定がありましてよ!?」

 赤髪の女が八つ当たりのように、恰幅のいい青年に怒声を飛ばす。青年は涙目になりながら、肩を縮ませた。

「こうなったら『紅』は聞かないぜ。諦めろ、『鋼』」

 背後で控える中年の男は、煙草をふかしながら肩をすくめた。煙は強く冷たい風に攫われ、間近の白雲に吸い込まれていく。

 林立するビル群が見渡せる、一際高いビルの屋上。対峙する二つの勢力は局面にある。

 それを感じさせぬ温度差の中、E5のリーダーである少年は若さに似合わぬ風格をもってグレイ・ジャックへと歩む。

「……VICEとの仲介役を担ったのも判明している。言い逃れは首を絞めるだけだ」

「ふ、ふざけんな……っ。そんなので俺が"あの方"の居場所を吐くと思うのか?」

「いいや思わない。だからわざわざお前の命を脅かしている」

 グレイ・ジャックは背後を一瞥し冷や汗をかく。

 思えばここまで追い詰められたのも、自分が欲をかいたせいだった。撤退するE5を見て、ついこちら側が狩る番だと錯覚させられていた……巧妙な罠だったのだ。

「くそっ! こんなの、どうすれば……」

 グレイ・ジャックは欲望に忠実な人間だ。

 金も立場も同時に失うことを一番に恐れ、心も瞳もその選択に大きく揺れていた。

「もうお前に、何かを選ぶ余裕はない」

 少年の左目の氷が肥大化する。並行して手のひらに雷がほとばしった。

「言うんだ。"異開王オルム"の根城を」

 名前を出され、グレイ・ジャックの焦りはピークを迎える。

 少年はその情動を見逃さない。畳み掛けようとした、その時。

 突如グレイ・ジャックの動揺が落ち着き、今度は不気味に口角を吊り上げはじめた。

「……ハッ! 悪りぃな、"E5"。お前らにその情報は死んでも渡せねぇ」

「何を……」

 少年は眉間に皺を寄せた。

 明らかに異常な態度の変化。余裕すら感じる物言いは唐突に、その理由を開示させる。

「じゃあな」

 グレイ・ジャックは勢いのまま、屋上から飛び降りたのだ。一同に驚愕が走る。何より早く動いたのは『紅』と呼ばれた女だった。

 固まる少年の隣を抜き、魔力で重力に抵抗しながらビルの壁面を駆ける。その表情には鬼気迫るものがあった。当然だ。落下する男は今まで追い続けた"全ての元凶"に対する情報源なのだ。ここで失ってしまえば、今まで積み上げてきたもの全てが水泡に帰す。

 それは避けなければならない事態だった。

「もう! 追いつけないっ!!」

 魔法の重ねがけは技術がいる上、『紅』の体には負担になる。既に頭打ちの加速度だが、グレイ・ジャックはそれを上回る自由落下をしていた。

「『紅』!!」

「ダメ! 間に合わない! お願い『氷極』!」

 先ほど、グレイ・ジャックに詰め寄った少年『氷極』は紅の援護を受け、垂れ幕のようにビルにかかった氷塊を滑り対象へと接近する。

「捕まえたッッ!」

 グレイ・ジャックの体を受け止め、援護魔法により着地する氷極。どうやら難を逃れたようだ。

 安全を確かめるべく男へ目線を向ける。

 ……その瞬間、周囲に異常な風が、異常な密度と勢いを帯びて突発的に発生し始めた。

 強風は氷極の体を包み始め、当惑するのも束の間腕から抜け出したグレイ・ジャックの右脚が既に顔面に迫っている。

「ケヒャハハ!! 消えちまえぇえ!!」

 蹴りの衝撃と共に氷極は風に巻き込まれて、彼方へと飛ばされていく。威力と勢いが凄まじかったのか、軽々と吹っ飛ぶ体は空気も音すらも切り裂く。体がバラバラにならないように、なんとか氷で全身を包んでいるが、着地できる隙は一向にない。

「クソっ!! こんな大事な時にっ!」

 悪態をつくも、風に包まれ抵抗もできなくては何もできない。

 氷極は仲間の無事を祈りながら、氷の中でただ耐えるしかなかった。

 

『続』

 

 

『紅』 ヴァーミリオン・エア

名前:ヴァーミリオン・エア

コードネーム:『紅』

性別:女

年齢:16歳

所属:KR 特殊部隊『E5』

 


種族:人

身長:152cm

体重:48kg

 


『性格』

好きなもの

生還 甘いもの 頼られること

嫌いなもの

虫 信念がない者

☆概要

元お嬢様という経歴持ちで、清楚系かつ上品な少女。

 


英才教育を受けた名残りで頭も良く、E5での役割は戦略家。順応性が高く、臨機応変なため危機的な状況から何度も部隊を生還させている。

 


頼られることが好きで、何事にも立場・年齢問わずお姉ちゃん面をしたがる。しかし、変に自信を持つと空回りする場面もしばしばある。

 


エアは戦場で生き残ることに執着しており、生き残った自らを"肯定"することで強い快楽を得ている。

ちなみに拘りもあり、自分の力によるものでなければならないのと、ピンチであればあるほど生還した際の彼女が得られる自己肯定感による快楽は段々と高くなっていく。

故に殿には進んで出るし、常に先頭に立って剣を振るわないと気が済まない性分。

生き残らなければ得られない快楽とは、随分と矛盾した在り方をしている。

 


『経歴』

 


97年〜KR入団(14歳)

 


99年〜死亡(16歳)

 


『過去』

とある貴族の家の出。

王国の中でも地位が高く、将来的に王子の妃となる事が予定されていたため様々な教育や躾が行われた。王子に相応しい女になる、という抑圧された幼少期を過ごしたことで己の欲望への意識が薄くなった。

そんな時、国がVICEによって滅亡し、国も地位も名誉も金も失った。

生き残った先にたどり着いた街で彼女は保護される。

周囲はあのVICEから生き残ったのは凄い、奇跡だと彼女をもて囃した。

そんな時、彼女の中にあった歪みが輪郭を帯びる。どんなことをしても誉められず、認められることのなかった自分が、あのVICEから生き延びたことで他人から賞賛されている。それは物凄い偉業なのだ。

その歪んだ多幸感が、彼女満たす。自分という存在を確立していく肯定感がたまらなく快感になっていった。

その人格は受け継がれ、死亡するまでの彼女を形作っていた。

 


ちなみに名前の"エア"が彼女がよく呼ばれる部分だが、国が滅亡して以降彼女はヴァーミリオンという名しか名乗らず、KRに入ってから自らの戦闘スタイルを見た戦友が『空気を滑っているよう』と表現したことから"エア"と名乗り始めた。

 

 

 

保有能力』

名前:マナ・ストール

効果:事象発生の遅延。斬撃や魔法などがワンテンポ遅れて発生する。本人の意志で発生タイミングを決められるが、相当な集中力を要するため素の状態では至難。

 


武装

名前:麗蓋・焔

頭に留めてある赤色の簪(かんざし)。

魔力を込めることで、炎を司る剣に変形。

その加護にはどんな状況においても、"集中力が持続する"という効力を持つ。これによりマナ・ストールのデメリットをカバーする。

 


『戦闘スタイル』

主にマナ・ストールによる遅延で発生した事象後に霧散する魔力を再結集させることで一時的に足場や反射壁を作り上げ、狙撃魔法による跳弾や底上げした身体能力と足場を駆使して敵を翻弄する。

 

Road of Revive 三章 『普きの塑像』/プロローグ

「星撒きの、巫女?」

 大人びた少女の顔と、その名前を聞いてアルデスの思考は行き詰まる。

 巫女と呼ばれた少女はくすくすと、からかうように笑う。

「聞いたことないかな? 私、夢でそう言ってなかった?」

「……そんな事は一言も言ってなかった」

「そ。まぁ本名じゃないし、いいんだけどさ」

 巫女は興味を失ったように言うと、軽そうな体をベッドへと投げた。実際、羽根よりも軽いんじゃないかというほどの身軽さだ。

「君の質問に答える前に、まず君はもっと自分の事を知るべきだよ」

「俺の、こと?」

「そう。そうじゃないと話は始まらない」

 その言葉が彼の記憶を辿ると、今までの疑問が一気に浮かび上がる。

 ずっと気になっていた。

 アルデスは自分が何者なのかを。

 実際、彼には"入団以前の記憶がない"。

 気づいたら大木の下で、朗らかな陽の光に包まれていて、何かに突き動かされるようにナイツロードへと入った。

 そこから血の滲むような研鑽を積んだ。その先に、一体自分は何を見ているのかすら考えず。だからこそ、あの映像はアルデスの心に大きな爪痕を残していた。

 この映像が自分にとってのなんなのか。

 そしてこんなにも早く真実はこちら側へと歩み寄った。

 大した目的に囚われない生き方に色を与えた映像の真相。

 アルデスは興奮と焦燥に駆られる。

「教えて欲しい。俺は、俺は一体なんなんだ。あの映像は、俺と何か関係があるんだよな!? そもそも、なんでその映像のことを君は知ってるんだ!?」

「どうどうー。順番に話すから。ね?」

 早まるアルデスを手振りで諌め、自重にうつむく姿を見て巫女は微笑む。

「……それで、俺のことって?」

 目線を持ち上げると、不思議な空気をまとう巫女が語り部のように見えた。

「君はね、要は英雄の姿を借りてるんだ。その時に英雄の意志と、英雄の能力も継承した」

「意志、能力……待て待て、話が飛びすぎだろ!?」

「飛んではないよ。君が何故借りてるかまでを話すと、君は君でなくなるからね」

 友達口調とはちぐはぐな内容すぎる。

 そんな巫女の自由さに、アルデスは内側の熱が奪われていく気がした。

「……それで、その意志と能力って?」

「身に覚えがあるよね? "螺旋極光"のことだよ」

 その言葉に思わず息を飲み込む。

 もちろん、忘れるはずもないだろう。

 あの鮮烈な七色の輝星を。

 そこから生み出される技。その根幹となったのは、絵の具のような心任せの選択肢。

 "天奈落"も、それを混ぜ合わせる形で成し得た技だ。自分が何故、"そんな技術を有しているか"という疑問すら沸くほどに、すんなりと出来ていた。

 螺旋極光は巫女の言う英雄と繋がっているのか。

 アルデスが感触を確かめるように手を握る仕草をすると巫女は満足げだった。

「……確かに螺旋極光は、イメージが常に頭の中にあったようにも思う。でもなんでそれを疑問に思わなかったんだろう」

「そうだねぇ。まず君個人の力では再現不可能な技ができたのは、君の中に英雄という情報が主語を引っこ抜いて存在してるから。そして、君は英雄が不在という正体不明の"欠乏"を埋めるためにひたすらに自分を磨いてるとも言える」

 足りない、足りない、まだいける。まだ自分は成長できる。

 あの泥沼な向上心は、その欠乏を満たすためだった。

 その本質に触れた事で、アルデスは唇をキュッと噛む。努力を否定された訳ではないが、その由来は元々の自分に依存したものではなかった。

「そもそも、君はその英雄に託された目的と使命があったんだ。君が見た映像はその鍵の部分。それを受け継ぐ事を了承したから、君はその姿を借り受けてる」

「目的……だって?」

「そう。"たった一人の少女を救う"。ただそれだけのためにね」

 英雄は一体誰を、どんな少女を救おうとしたのだろうか。

 そもそも少女という単語に心当たりがない訳ではない。あの映像がまた蘇っていく。

 アルデスはかぶりを振った。

 そんなあいまいにしたところでアルデスの脳は完全に理解してしまっている。

 だが、問いかけられずにはいられなかった。

「それは一体、誰なんだ?」

「いいの? 本当に君、戻れなくなるよ」

「いいのって……君が言い始めたんだろ」

「はは、そっか。なら責任は持たなくちゃね」

 少女は起き上がる。

 足をバタバタさせて、もったいぶるような態度にアルデスは苛立ちながらも、少女は彼を見下ろすような視線を向ける。

 薄い暗闇に飲み込まれそうなほど切ない声色で、アルデスの運命を左右する事実を告白した。

「君が救うべき人、それはね……"私"のことだよ」

 

 

 

ーーーー

 

 

 

「……」

 漆黒の帳。空を染める一帯の光が失せ、瞬く星々がその暗き地を照らす。唸るような風がしきりに吹き、そしてこの"街"にも冷たい風が夜気となって静寂の空気をまとう。そんな夜よりも濃い黒に包まれた路地裏に、不相応な少女が立ち尽くす。

 風の心地に打たれながら、足元に漂着した月光と血溜まりを見て、少女は無感動に瞳をまたたかせていた。

「被検体35。貴様には何が見える?」

 背後の暗闇から、一人の男が問いかける。

 紫煙が闇にたゆたう姿を一瞥して、被検体と呼ばれた少女はぽつりとこぼした。

「……空。満天の闇。それを支配する、英雄」

「ふむ。その英雄とは誰を指す?」

「……分からない。何もないところから、ふわっと沸いた」

 近くの建物に、男は背を預けた。

「なるほど。やはり言語化できる程の知力は不可欠か。上の連中は労力を毛嫌うだろうが…」

「空。空、闇闇。一つの光」

「……これは早急な案件だな」

 男は興味深そうに、そのサングラスの奥の瞳を輝かせる。

 全ては王への献身。全ては玉座に到達するため。男の脳内ではそんな欲望が渦巻きながら、理知だけは切り捨てていなかった。

「さて、どうだ。そこのクズを殺して何か掴めたのか?」

 血の海で動かなくなったものを見て、少女の口角は一気に上がる。

「別に何も」

「貴様……殺しに愉悦を覚えているのか?」

「愉悦?」

 少女は皺のよった頬を撫でて、自分の感情とを照らし合わせる。

 この死体は人身売買を商いとしていた。故に人情より金を重視していた。世間で謳われる悪。欲望によって歪まされた人間。

 それを殺すことで是正された、世界。

 少女はその事実を頭の中で何度も何度も、味わう。無味になるまで、乾燥するまで、それなのにいつまでもこの高揚は治らない。

「バグ……ゼルディス様の細胞が影響を与えているのか。やはり一度解体して、変異を記録に取るべきか……」

 男は唇に手を当て思考する。だが、ここで結論を出すのは早急だ。

「撤収だ、被検体35。お前の性能実験はここで終わ…………っ!!?」

 即座に男の言葉と思考は断ち切られた。

 少女は男の反応速度を上回り、その首根っこを掴んでみせる。華奢な腕からは想像もできない程の膂力だった。

「貴様っ!! なんのつもりだっ!? 逆らうつもりかっ!?」

「……あの"英雄"は、こうしてたっけ」

「なにっ……!?」

 男は驚愕する。

 この被検体に一体何が起こっているのか。何よりこの少女に宿るのは反骨精神ではなかった。圧倒的な、"悪を滅するだけ"の独善。自己満足、承認欲求。年相応の欲望が歪な正義と自我を手に入れて、満面の笑みを咲かせている。

 この被検体がいずれ我らに牙を剥く。

 危機感に男は得物を取り出そうとするが、少女の髪と頬骨が変形した鎌となって武装を絡め取っていた。

「貴様ァ……ッ!!」

 怒り。自らの栄光を阻害する邪魔者。

 男は敵意を剥き出しにすると、少女は落胆するように肩をすくめた。

「……ダメ。貴方じゃ、私の心はダメって言ってる。もっと、私はあれに近づきたいの」

「なんだと!?」

役不足

 少女は男を髪で再度拘束して、振り返る。

 その表情は恍惚を得ていた。

 脳裏に焼きついた、あの姿を忘却することはない。

 虹が広がるその最中、たった一人が孤高に立つ"人の極致"を。

 その映像を反芻して、高らかに両手を広げる。

 子供が夢を語るように、満ちた月へと歪んだ誓いを無邪気に告げた。

 


「私は、"英雄"になる」

 


 グシャリと、肉が弾ける音がその場に反響した。

 

 

 

プロローグ『終』

 

 

 

『氷極』 マヴ・ヘヴン

名前:マヴ・ヘヴン

コードネーム:『氷極』 

性別:男性

年齢:19歳

所属:KR 特殊部隊『E5』

入団:異暦97年

 

好きなもの:読書 抹茶 獣人が作る文化 音楽 煙草の銘柄 ゲーム 野球 風呂


嫌いなもの:呪い 自分と相反するもの

 

異暦97年:入団

 


異暦99年:死亡


『性格』

基本的に無表情が多い。仲間想いな優しい一面もあるが、敵には冷徹。

自らの守るという行為が、いずれ訪れる喪失への感傷を肥大させる事を自覚しながら、何かを守るという意識に依存している。特に他人……仲間、上司、果ては過去に敵対した者たちなど、自分を犠牲にしてでも守り切る。

それが彼がかつて浴びてしまった竜の血による呪いで、竜の潜在意識である"人々の安寧"という善性が彼をそのような行為に至らせていた。

普段の生活はだらしなく、金使いの荒さや、酒に溺れ、時には無心するその姿は"愚者"そのもの。

そんな風評の中で、E5における立場は確固たるもの。彼がいなければ部隊が確立できない程に。

彼は"人前"では愚者を演じ、人気のないところでは静かに研鑽を重ねるのだ。

 


『E5』

氷極が所属する部隊の呼称。

正式名称は"Enforcer 5"。意味は『五人の執行者』。

VICEが作る世界を是とし、崇め、感化された個人(一般人)によるテロ、それを未然に防ぐ為の活動、又は無秩序に結集した危険思想の集団から国の治安を守る為に派遣される部隊。

主に当該人物の拘束、抵抗する場合は攻撃もやむなしという在り方。

VICEが関わる事案にのみ対応する部隊であり国々の秩序に対しては不干渉。

 

E5の隊員たちは自らをコードネームで識別する。

 

リーダーは『氷極』

副リーダーは『紅』

下に『鋼』と『千』

オペレーターに『解』

 

による五人で構成される。

 

 

『キャラの過去』

物心ついた時から孤児院の一員だった。

経営者は国の補助金を私利私欲の為に使い、孤児院の環境は杜撰そのものだった。当然、幼い氷極や周囲の子供たちの心も荒んでいった。すると次第に素行が悪くなる子供が増え、氷極もその一派となる。盗みやイタズラなどを繰り返し、その悪性は膨張した。

歳を重ねれば、手を染める犯罪も増えた。

しかしそんな時、国の警備隊によって捕まってしまう。積み重ねた悪行が災いし、裁判にかける間も無く氷極は"肉壁"として国中で巻き起こっていた"オールドワン"からの脱却の為に利用される。

オールドワンはその世界を構成する元素を司る竜で、人々はこの竜への依存を危険視し、"人は人によって未来を築く"という思想を元に討滅への世論を高めた。

結果的に"オールドワン"は死し、氷極もその戦いの中で散った。

しかし、"オールドワン"は生きており自らの善性を引き継ぐ者を求め、彷徨い、氷極と契約を結び、血を浴びせて与え、氷極は死から蘇った。

元々あった氷極の悪性は、オールドワンの"人々への愛と献身"という善性によって相殺されてしまう。残ったオールドワンの善性と氷極の悪性は再び混ざり合うが、一度対消滅した形で再現されたのは歪んだ他者への献身だった。

それこそが自らを犠牲にしてでも仲間を守り抜くという"行き過ぎた庇護欲"。

彼が無表情なのも、善性と悪性が相殺した影響で中々人間らしい表情は氷極には難しいようである。

 


【概要2】

 


氷極は竜の血を浴びて忌子となったが、そんな彼を信じ続けた少女がいた。その少女は竜を使役できる存在で、戦争を続ける国々が研究対象として生け取りにしようとした。氷極は自らを普通の人間として扱ってくれた少女を(竜の呪いによる)庇護欲で、国々の手先と戦い続けた。時には街を氷漬けにし、関係ない人々も巻き込む。しかしそうでないと少女は守れない。ようやく戦争は終結に向かい、少女は自由の身となるものの、今度は元いた祖国が少女に氷極の行為をバラす。氷極の力を恐れ、孤立させ、殺すことが狙いだ。

少女は真実を知り、冷たく突き放す。

「貴方だけが、私の全てだったのに」

そこで自らが犯した罪の重大さを痛感し、呪いへの自覚と二度と誰かに自分に期待を持たせてはいけないという自覚から愚者を演じるようになった。

 


以降、氷極はユースティアに転移し、KRにおいて活動を開始する。

 


『交友関係』

 

 

 

・クルラーナ・アイゼン

作者:磁石

 


関係性:同僚 戦友

 


あまり人前で自分を出すのが苦手やつかもしれない。対抗心が前進してしまうのは、その背後に本音が隠れているからか。その範疇にもしかして俺も含まれてるな? 視線は感じていたが…。まぁいいやつには変わりはないだろうから、偶には酒に付き合って貰うか。

 


シリウス・ライト

作者:磁石

 


関係性:教官

 


自分の異能には技術的な面で杖課の知識が適していると判断した。そこで教官となったのがシリウス教官だった。俺のやる気の無さを見ても最後まで匙を投げず、ついぞ才能すら看破された。天然だとなめくさってたけど、もしかして最初から気づいてたのかこの人。

とても世話になったので感謝してる。偶に美味いサンドウィッチも差し入れてるぞ。

 

 

 

・アイビ

作者:磁石

 


関係性:同期(?)

 


人前なのにめっちゃ煙草を吸う。俺は必要だから吸ってるけど、量的にこいつにはもう拠り所みたいなもんか。気まぐれであげた煙草も気付けばなくなってるし、人見知りなせいか声も小さい。心配になる。だからこそ喫煙所に行って同期のよしみで話しかけてやる。俺自身も感情を出すのが不得意だから、何度も気まずくはなるが、悪い空間ではないな。

 

 

 

・シェルト・セレスチアル

作者:ジヴァール

 


関係性:戦友

 


バーサーカーみたいなやつだったな。女だってのに、すげー戦い振りだ。テリナ支部から増援ってので背中を任せたが、思わず俺も呪いの影響で、庇いながら戦ってしまった。まぁ、"邪魔だ!"って案の定怒鳴られたけど。

獣族の魅力を熱弁してる時、奴は生き生きしていた。自分の好きなことに夢中になれる精神ってのは尊敬する。そのお前の嗜好も含めてな。

 


・ウォーネス・メルオデス

作者:ジヴァール

 


関係性:同僚 恩師

 


氷の異能について高い見識を持ち、教授してくれた恩師のような人。何かしら背負っているみたいだったが、心優しく、いつも柔和に接してくれた。特殊部隊に所属した時も、祝ってくれた、いい人。とにかく彼女には幸せな結末が待っていて欲しい。

 


・サナ

作者:window

 


関係性:戦友

 


"お前は大馬鹿のアホ野郎だな"危険な戦い方をするこいつを見ると、いつも俺は身を挺して庇い、そして暴言を吐かれる。

俺も好きで庇ってるんじゃないんだよ…どうにもできない衝動を語っても意味がないといつも黙る。

戦いに関しては馬が合う。お互いに乗り越えた戦歴が、死地においては滲み出る。だが、未だに本音で語り合えてはいない。いつかはちゃんと喋りたいもんだ。

 

 

 

ジー

作者:window

 


関係性:同僚

 


悪いやつではない。"ジジちゃんが野球を教えてやろう!"と退屈そうな俺を誘っては、役立つかも分からない野球の知識を教えられる。キャッチボールくらいはする。会話のキャッチボールは、ジーナが一方的すぎて成立してはいない。だが、自然と心は温まる。こいつだからこそ出来る芸当なのだと、尊敬と感謝はいつも忘れない。

 


・龍真

作者:window

 


関係性:教官

 


この人、歳とってるのか? 基本的に近距離戦闘を得手とする俺には、この人が教える体術が合う。指導は厳しいが、良い人だ。何よりキチンとした理屈が武術に介在しているのは説得力がある。結局俺も投げられっぱなしで終わったが、また時間が許されるのならこの人の指導を受けてみたいものだ。

 

・スーザン・ヴェルクロイ

作者:松吉


関係:同僚


何回か訓練所で手合わせはしたな。力も頭も一級品だった。喋ってる時も、なんだか母親と喋っているみたいになる。懐かしいようで思わず浸っていたら、いつも上の空だと怒られる。なんか、ごめん……。

 

多分まだ増えるかも

 

【能力】

名前:オールワン

概要:火、水、氷、風、土、雷など、存在する元素への適正が高く、操ることが出来る。

ただし、オールドワンとの相殺のせいで能力の質が摩耗した結果、氷極が使用できるのは『氷』と『雷』であり、存在性質的な理由で"灰色"を帯びている。能力自体に支障はない。