「なぁ。クロロの髪って、なんか不思議だよなぁ。どうなってんのそれ」
「不思議とは」
ライリーの疑問に、クロロは啜っていたペペロンチーノのフォークを止めた。
彼女は口を動かしながら、逆に疑問を投げかける。
「珍しいんですか? これ」
「いやぁ、そうじゃなくてさ。色の割合? 色の比率?」
「元々です、それは」
その答えにライリーは渋面を作る。彼の頭の中では、何かとを重ねていた。
目を凝らしていると、ぼんやりとした面影が形になっていく。やがてクロロの前髪を見て、噛み締めるように頷いた。
「そーだそーだ。それさ、レヴォとなんか近くね?」
「レヴォさん? そうなんですか?」
「意識してなかったのかよ。やたらと近いし、繋がってんじゃねーの? 血」
クロロは無感動に顎へ手を当てる。
しかし、彼女の中では実感に届かないようで首を傾げた。
「難しいですね。レヴォさんは……鍛錬と、そのご褒美に料理を振る舞ってくれる先輩?」
「ん〜〜! オレそれなんか納得いかねーな。めっちゃモヤモヤする」
「モヤモヤ? わたあめのことですか?」
「わたあめくらい柔らかければ良かったんだけどな〜」
腕を組みながらライリーは苦闘する。この違和感の正体を突き止めたい。普段何気なく感じていた疑問を晴らすチャンスなのだ。
麺を啜りながら、眺めていたクロロ。するとその視界に、ぬっとライリーが顔を覗かせた。
続いて周りから彼女を観察するが、収穫のなさに体を震わせる。
「だーッ! ダメだダメだ! もう痺れ切れたからな! こうなったらヤケクソだ!」
「? 何を言ってるんですか?」
「我慢できないから連れてくる! レヴォをここに!」
「?」
ーー
「ライリー……頼むからシャワーくらい浴びさせてくれよ」
「いいや、ダメだね! 先輩命令だぞ!」
「これまた強引だな……」
ライリーが部屋を飛び出すと、ものの二分でレヴォを連行してきた。
汗で髪が濡れている。丁度、訓練室で鍛錬をしていたところを発見されたのだ。
ペペロンチーノを完食したクロロは、そんな二人のやり取りを見物している。
「で? なんで俺はここに連れてこられたんだ」
「簡単な話。レヴォとクロロ、なんか似てね?」
訝しむライリーに、レヴォはため息を吐いた。
「容姿の話か。確かに要素は近いが、必ずしも繋がりがあるわけでもないだろう」
「だからそれを証明するんだって!」
「どういうことですか?」
クロロの視線に、ライリーは自信満々に答える。
「それを、今から、考える!」
レヴォが勢いよくうな垂れた。性格は理解していたつもりだが、その計算をライリーは軽々と超えてくる。
クロロはポケットにあったお菓子を頬張りだした。
「嘘だろ。無策で俺を連れてきたのか」
「そうだけど」
「勘弁してくれ……」
怒って帰るのもアリだが、レヴォとしては不親切にしたくない相手だ。
かぶりを振るものの、その無茶振りに付き合うことにする。
「よし! 話まとまったな! 誰かいい案ないかー?」
ライリーが椅子に座ると、全体を見回す。
意外と、各々がある程度の思案顔を作っていた。
まず、クロロが挙手をする。
「はい。まずは何故近いのかを話し合いましょう」
「それを解明するために俺が連れてこられたんじゃないのか?」
「いいや、レヴォ。それはあながち間違っちゃいないかもだ」
回転椅子のようで、左右に半分づつ回転させながらライリーは提案に肉付けをする。
「実はオレも思ってることがあるんだ。本当は血が繋がってるんじゃねーのって」
ピクリとレヴォの眉が動く。だが、得意げに語るライリーも、聞き入るクロロも知覚はできていないようだった。
「それで前にチカに教えてもらったんだけど。人間って血が濃くなるとやべーから、本能が避けるようになるらしいんだ」
「……なるほどな。で? どうするんだ」
「ならさ。そういうことも二人は嫌がるってことだろ?」
レヴォはクロロを一瞥する。すると取り乱すように、その案に食ってかかった。
「待て! それは早計すぎる。もっと他にないのか?」
「でも手っ取り早くね? なー? クロロ」
とうのクロロは、そばにあったジュースを飲みながら、足をぶらつかせている。
相変わらずの無愛想な表情に、レヴォは必死に投げかけた。
「クロロ! お前もライリーに何か言ったらどうだ。このままじゃ俺らの貞操が……」
「別に構わないですが」
「……お前らの感覚は本当に理解できない……」
ショートしたロボットのように、力無く手を垂らすレヴォ。やはりノリが軽い。分かってはいたが、堅物である彼には変わらず馴染めない空気感だった。
見かねたライリーは、軽く笑いながらフォローする。
「つか貞操って。別にそこまでじゃなくても、ほっぺたにチューとかそんなんでいいだろ」
「それでも大問題だ。クロロはいいといったが俺は断固反対するぞ」
「私は別にいいですよ?」
「それがダメなの!」
なかなか話がまとまらない。
不服なレヴォの面持ちをよそに、ライリーが片頬を吊り上げるとサムズアップをクロロに送る。
すると彼女はそれに呼応するように、ジュースを置いた。
「そうですか。なら、今後の食事は別の人に作ってもらうとします」
「好きにしろ」
「鍛錬も別の方に」
「…好きにしろ」
「髪型も変えるとします」
「……好きに、しろ」
「髪も染めちゃいますかね」
「………………」
徐々に弱腰になるレヴォの姿に、ライリーは愉快そうに尻尾を振っている。クロロの表情はそれでも一定のままだ。
やがてレヴォは額を掻き始めた。
「分かった。やればいいんだろう」
「そうこなくっちゃな。ヘイ、クロロ。カモーン」
軽快な呼び声にクロロは応じて、レヴォの隣に立つ。
レヴォは腕を組んで、目を閉じる。もうなすがままといったところだ。
「クロロ、なんか嫌な感じとかするか?」
「特に何も感じませんね。本当に何も」
「んー。まだこの段階じゃわかんねーか。ならもういっちまえ!」
近寄る熱。やけに敏感な頬。お互いに近づく影と温度が、どこかおかしくなっていた。
そろそろだろうか。
恐る恐るといった雰囲気の中……突如として扉の開く音が爆音で響いた。
「ライリー! ヤバい! また変なきのこ見つけたんだけど! 今度はケツ……?」
静まり返る部屋の中。入ってきたのは、年頃の少女だった。
ライリーは頭を掻いて、その少女を見やる。
「チカ〜〜、オレの謎がもうすぐ分かるところだったのにさ〜」
「えぇ!? なにこの状況!? え? 謎ってなに、都市伝説? そんなのあったっけ。てかなんでレヴォくんがここにいるの?」
「……俺が聞きたいくらいなんだ、それは」
「てか、なにそのきのこ。めっちゃくちゃキモくね? きっしょ!?」
二転三転する状況に、既にレヴォの頭はパンク寸前だった。
チカが片手に持つ奇妙な形をしたきのこに興味が吸われたライリーは、二人を置き去りに駆けて行く。
レヴォはその光景に肩をすくめた。
「……クロロ。こういうことは、ちゃんと信頼を築いた上ですることだぞ」
「分かってます。実のところ、私も気になってたので乗り気でした。あと食事云々のくだりは全部嘘です。誘うためです」
「そういうのもダメだ。相手の足元見るのは戦場だけにしろ」
ちゃんと伝わっているかすら分からないクロロの表情。だが、弁える一線は出来ていると思いたい。そんな願望にも似た想いを抱えながら、レヴォはクロロにあえて無関心に踏み込んでみせる。
「……というか。薄々気づいてるだろ、お前」
「さぁ。なんのことやら」
クロロはまた無愛想に言った。
おわり