雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

Apostrophe 六.五話/間話

「シン。最後に聞いておくよ。踏ん切りはついたかい?」

 ヴァザークの下へと向かう折、レルムは問いかけてきた。

 急ではあるが、覚悟していたことだ。このまま戦いになり、追い詰めても、重要な場面で行動できなければ意味がない。

 分かっていても、脳内にはまだ深い迷いが渦巻いていた。

「……ついてはいない。まだ躊躇いがある」

「そう簡単には払拭できないね」

「すまない。ここまで来て自分の気持ちに決着がつけられないのはボクの弱さだ」

 弱々しくシンが首を振った。

 決断力のなさ、杓子定規な感情。付き合いは長いが、自覚するたびに辟易とする。そう言って一向に変わろうとしない自分が醜く見えて仕方なかった。

「弱くてもいいんだよ。ヒトはそういう生き物だからね」

 レルムはサラリと言う。

 その客観振りに八つ当たりたくなる苛立ちを口内で噛み殺す。

 深呼吸をしてシンは再び語り始めた。

「ボクは研究者の辛苦を知っている。人としての欠落が、彼らが残す実績の要なんだ。でもその欠落の苦悩はあまりにも孤独が過ぎる」

 当事者の苦労と責任だ。部外者の自分には関係のないこと。だが、シンは優しい。自分のことのように感じてしまうのだ。苦しそうな顔色を、辛そうな言葉を、自らの心が無意識に吸収する。背負いすぎた自分を絞ると、表面の苦悩は落ちても、心に染みついた闇までは絞り切ることができない。

 それは復讐の感情に矛盾を生んだ。不必要だと分かっても、簡単に切り捨てることはできなかった。

 しかし、レルムは用意していた答えを吐き出すように淡々と応じてみせる。

「シン。見方を変えれば君は研究者じゃないけど、その気持ちに寄り添える優しさと理解がある。胸に手を当ててみて。それはキミにどうして欲しいって言ってるのかな」

 そう言われて中身を整理する。何度も繰り返したこと、反芻したことだ。

 だが、レルムの言葉は不思議と混濁した内面を清めてくれた。整い始めた思考が、自分のやるべきことを示してくれる。

「……止めてやりたい。奴の苦悩は奴のものだ。その孤独に寄り添えなくても、せめて終わらせてやることはできる」

「何よりそれに苦しんでるのは当人かもしれないからね」

 シンの瞳に迷いはなかった。

 向かっていることを忘れてしまうほど、目前のレルムに感謝の念を抱く。

「ありがとう、レルム。……スッキリはしていないけれど、ボクはボクのやれることをする」

「いいね。いい顔つきになったじゃないか」

 レルムは嬉しそうに声を弾ませた。

 

続く