雑置き場

触発されたり、思いついたり。気分なので不定期更新。

Road of Revive『螺旋極光』/第一話 落ちこぼれ集団

 

 剣を振る。

 それだけだ。力に貪欲で、そのくせ戦う才能も殺す才能さえないと言われるのに。

 無駄だと周りは言う。だが、それでもと前を向くのが彼だった。

 そもそも彼……ルスべ・アルデスが傭兵集団KR(ナイツロード)に所属できたのも奇跡だし、未だ訓練生として認められているのだって偶々に過ぎない。

 しかし彼は愚直だ。周りにどう想われていようが関係ない。体をしたたり落ちる汗も、手にできたマメも、緊張する筋肉も、素振りさえも一瞬一瞬、本当に無駄だと思っていない。

 この道にはゴールがある。そんな幻想を本気にしているのだ。

 それだけ生真面目で、それだけ戦いにしか身も心も置かない。そんな性格が災いし、周りにあんまり人を作らず、座学への関心のなさは教官に匙を投げさせた。

 そんなアルデスは今日も訓練所だ。

 そこはKR本拠点、海上移動要塞レヴィアタン内にあった。

 実戦形式の模擬戦を終え、必要最低限の会話の後に素振りや反省点、改善点を洗い研究する。

 日課ともいえるそれをしていると、背後からアルデスに声を掛ける者が現れる。

「よう、アルデス。相変わらずバカなくらいに真面目だなぁ、お前」

 同じ訓練生のアデルだ。タレ目で寝癖のような茶髪をそのままにしている。

 だらしないと最初はアルデスも思ったが、そんな見た目からは想像できないほどちゃんとした生活習慣をしている。アルデスが彼に生活の知見を求めることも多々あった。

 顔を合わせればこうして歓談する仲で、冗談も交えるくらいに砕けた具合である。

「バカなくらいが丁度いいんだ。周りの視線を忘れて訓練に打ち込めるからな」

「おいおい達者になったな。成長してるのは体だけじゃないってか?」

「そりゃそうだ。内面と体は一緒に成長するらしいからな」

「違いない」

 アデルはやれやれと肩をすくめる。

「そういや、あの"技"は完成したのか?」

「いいや。相変わらずできないな。体の使い方や、魔力の使い方は合ってると思うけど……まだ別にあるコツっぽいものを掴みきれてない」

「ま、焦らずやるんだな」

 そんな他愛もない話の後、沈黙が横たわる。

 真剣が空気を切り裂く音。それが訓練所を熱気と共に支配する。

 そんな中、ゆるりと腕時計を見たアデルの視線が突如鋭さを帯びる。

「……おい、アルデス。お前まーた座学サボる気だな?」 

 アルデスの素振りが止む。

 何秒か硬直した後、バツが悪そうに目線を逸した。

「……ここは戦うのが専門だろ。座学なんて別に必要ない」

「かーっ! お前なぁ!」

 思わずアデルは乱暴に頭を掻き、咎めるように語気を強める。

「確かにここは傭兵集団だ。そりゃ一番に求められるのは腕っ節だろうよ。でもな、大事なのはそれだけじゃない。戦いにも知識がいる。戦場になる土地の地理、国、多様な社会情勢、文化、諸々を合わせてようやく一人前のエリートなんだよ」

 アデルはいわゆる知識人だ。人より周りがよく見えて、自分もそうだが知り合った人間よりその人のことをよく理解している。

 だから一度言い出すと、ちゃんと納得するまで止まらない。それがアデルという人間だ。

「その筋肉の緊張具合。瞳孔、顔色。また朝から訓練所に引きこもってたな? 教官も寛容だからといってそれに甘えてたらいつ堪忍袋の緒が切れるか分からんぞ」

「……それは」

「ペナルティだってありえるぞ。一ヶ月、訓練所の使用を禁止するとかな」

「なっ!」

 アルデスは焦る。動揺で剣を手からこぼしてしまうほどに。

「ど、どうすればいい! アデル! お、俺っ!!」

「動揺しすぎだ! 落ち着け。まずはちゃんと座学にでろ。それに丁度いいじゃないか」

「丁度いい?」

 ニタリとアデルは卑しい笑みを浮かべる。

「アルデス、お前には収集命令がかかってる。グレン教官からのな。お前らのクラスの中でももっとも最下位のやつらを集めてやる、いわゆる補修ってやつだ」

「は? なにそれ。聞いてないけど」

「そりゃそうだ。だって俺は伝えろって言われただけだしなー」

「……? まぁでも取り敢えず座学に出れば訓練所は没収されないんだな!?」

「お、おう。没収て……まぁそういうことだな。てかお前俺を疑わな……」

 アデルが言い終える前に、アルデスは真剣を返し訓練所を後にしていた。

 単純すぎる思考回路に思わず、アデルも心配になる。

「あぁいうの良いんだか悪いんだかなぁ」

 走り去るアルデスの背中を見送りつつ、彼はため息を漏らした。

 

 

ーーーー

 

 教室という空間なのに集まった面々もあるのかどこか空気が重たい。

 眼の前で頬杖をつく男は、読んでいた本を閉じて集まったことを確認する。

「はァ……全くお前らというやつは……」

 整えた黒髪とズレた眼鏡。真面目な男性教師という印象を抱くが、どこか不釣り合いな苦労人の雰囲気を漂わせている。この人がグレン教官だ。

 その前に座るのは、左から明らかな不良っぽい少年と、ルスべ・アルデスと、ツンとした表情で静寂を保つ少女であった。

「チッ、なんでこいつなんかと……」

「……」

 少年はアルデスを一瞥してそう悪態をつき、少女は黒板と教師をただ見つめている。

 教師は力無く項垂れると、一応出席を取る。

 アルデスの左の少年はレヴォ・グレイヴルといい、右の少女はリリ・テレーズという名だ。

 ほぼ座学に参加しないアルデスからすれば、全員が初対面に近い。故に向けられる視線も因縁も身に覚えがないわけだ。

 なにかむず痒さを感じながらも、グレンはお構いなしに授業を始める。

「始めるぞー。取り敢えず本当に基礎からだ」

 グレンは指示棒で黒板に書かれた部分を軽く叩いた。

「まずはこの世界についてだ。我々が"ユースティア"と呼ぶこの大地には様々な異世界のものが漂流する。剣、魔法、技術、文化様々だ。中には人が漂流することも少なくない。そして何より漂流するものが全てというわけじゃない」

 グレンはここからが本題だといわんばかりに居住まいを正した。

「ここには様々な世界を渡る侵略者たちがいる。そうユースティアの北部ノルフェイン大陸に存在する魔族、我々ナイツロードと対立する……いや世界の敵"VICE(ヴァイス)"だ」

 VICEは世界の支配という名目であらゆる世界を侵略し、破壊し、統合する者たちだ。世界侵略の傍らで多くの配下を傅かせ、その規模は次元全体の脅威となっている。

 ここユースティアも侵略対象であり、現地民はあらゆる組織を立ち上げ長年ヴァイスとの争いを続けてきた。

 しかしヴァイスの力は圧倒的であり、一人の魔王がユースティアの大陸の一つのほとんど面積を一瞬で吹き飛ばしたという。

 アルデスは自分とは程遠すぎる世界に戦慄しながらも、いずれその地で自らも戦うということに武者震いした。

「VICEには、"派閥"というものがある。我々が相手にしてるのはこの派閥の構成員だ。そしてこの派閥のトップ、王のことを我らは『魔王』と呼ぶ」

 派閥はこれだけではない。様々な派閥がVICEにあり、様々な世界の超越者たちが魔王として君臨している。

 その後はKRの対応や他の機関などの授業が続き……終わった頃には既に夕方だった。

「おーう。それじゃ、今日はここまでだ。明日もちゃんと来いよ。解散」

 そうして左右の二人はさっさと教室から出ていってしまい、残されたアルデスはノートにまとめることすらせず明日の訓練内容を頭の中で組み立てていた。

 ひとしきり満足すると腹の虫をいさめるために、食堂へと向かおう席を立つ。

「そうだ、アルデス。お前に伝えたいことがあるんだ」

「え? 俺ですか?」

 グレンが頷くと、アルデスは首を傾げながらも教壇へと急ぐ。

「取り敢えず今日はよく授業に参加した。俺としては放浪主義なんだがな。ま、取り決めとはいえお前にペナルティを与えなくて少し安心してる。えらいぞ」

 素直に褒められることはアルデスとしては少ない。どのように喜べばいいのか悩んでしまうが、悩むほど立派なことなのだろうかと考え込む。

 そんな彼に対するグレンの目付きが、前触れもなく一気に変貌する。

「そしてお前に一つ提案がある」

「提案ですか?」

「あぁ、かなり重要なものだ」

 コホンとグレンは咳払いする。

「お前には次の派閥との戦いに参加してもらおうと思っている。もちろん前線ではあるが、後方支援だぞ?」

「え! 本当ですかっ!?」

 アルデスは目を輝かせ、前のめりになる。

 これは貴重な体験だ。後方支援とはいえ戦場に出られれば、訓練や座学では得られない経験を得ることが出来る。

 断る理由などアルデスにはない。

「もちろん、やりますっ! ぜひ、ぜひ!」

「おうおう、落ち着け。まだ全部の内容は言ってないぞ」

 グレンは手でおもむろに制止させながら続ける。

「まず、条件がある。俺らはチームプレイが基本なのは分かるな? 敵は強大だ。力を合わることで、ようやく互角に戦うことが出来る」

 親指を立て、グレンは説いてみせる。

 訓練所でも連携攻撃の練習をしている集団も多い。洗練され、計算されている技術は強者が織り成す美だが、それを競い合う関係もここでは珍しくはない。

 逆に考えれば今度はアルデスにそれを求められるわけだ。

 緊張に手を握りしめる。

「お前は二週間以内に最低限の人数、二人ほど確保することが参加条件だ。それができないならお前に参加する資格はない。気張っていけよ」

 アルデスの肩にグレンは手をポン、と乗せ軽快に教室を出ていく。

「二人、か」

 一人になった教室でアルデスは考える。

 求められるものを総合すると、やはりお互いのことをよく知る間柄がベストだ。それがどれだけのものか、というのは想像しにくいし明確な決まりはないのかもしれない。ただ背中を預けられるくらいの関係性は必要だ。

 いくらか苦慮した後に、アルデスは閃いた。

「そうだ。さっきの二人に声をかけてみよう」

 こうしてアルデスは何と声を掛けようかと、思案するようになる。

 物語は始まったばかりだ。

 

『続』