「いやよ」
ピシャリと冷ややかな断りがアルデスの頬を叩き思わず縮こまる。
それを見下ろすリリ・テレーズは軽く鼻を鳴らすとキビキビとした足取りでその場を去っていた。
「ダメかぁ」
肩を落として、ため息を吐く。
しかしながら瞳に焼き付いた炎は、どれだけ冷水をかけられようとも絶やされることはない。しかし悪く言えば往生際の悪さが、視界を狭める。
アルデスはよし、と気持ちを切り替え前を向いた。
「次はレヴォか。えーっと、今どこにいるんだろ」
レヴォ・グレイブル。
取りあえず頭の中にある情報は名前だけ。当たって砕けろの精神で、聞き込みを開始する。
何人かに聞いた話をまとめると、どうやら現在は食堂にいるらしい。アルデスはまずそこを目指すことにした。
長めの廊下を渡ると、徐々に喧騒が大きくなる。広めな食堂へと着くと飯時というのもあって、様々な団員たちが腹を満たし、自由に歓談している。
食欲をそそられる……いい臭いが立ち込めている。思わず頼みたくなる自分を抑えながら、上手く人をかわしそれらしき人影を探す。
アルデスは見逃さぬよう、忙しなく首を動かす。だがそう簡単にいく話ではなさそうだ。
あまり特徴という特徴はなく、身体的なものは本当に座学の時の印象頼りだ。
ただ、取り澄ましてはいるがどこか内側で尊大な感情が傷つけられ、怒っている。そんな印象をアルデスは持っており、レヴォの身の上には少しだけ興味があった。
だいぶ奥の方へと行ったところだろうか。
ちらほらと席で夕食をとる団員の中に、ポツンと定食を頬張るレヴォを姿を見つけた。
「あ、いたいた。おーい」
アルデスが近寄ると、レヴォは淡い視線をこちらへと向けた。しかしその瞬間に、レヴォの眉間にシワが寄る。
「……なんだ」
物を飲み込み、不愉快そうな面持ちで食事へと戻る。話すことはないが、聞くつもりではある……そんな態度だ。
一方、レヴォの内など知らずアルデスは瞳を輝かせている。
「レヴォ! 俺のパーティメンバーになってくれ!」
レヴォの手が止まる。それ程時間は経っていないはずだが、二人の間に流れた沈黙は何故か長く感じてしまうほどだ。
そんな横たわる沈黙を破ったのは、アルデスに向けられた彼のいぶかしむ視線だった。
「まず話にも順序がある。お前の理解を話すだけじゃ、それはただの押し付けだ。ちゃんと頭から話したらどうだ?」
「え、あ! そっか。ごめん」
レヴォの眉間に刻まれるシワが多くなる。
嫌味のはずがそれをサラリと受け流された。いや、アルデス自身それを嫌味だとは思っていない。真っ直ぐすぎて、相手の意図を拾う器用さなど持ち合わせないだけだ。
それを知ってか知らずか、レヴォは目線を少し落としただけだった。
「えっと…座学の先生にさ、前線に行ってみないかって言われたんだ」
「なに?」
レヴォの体がピクリと反応する。
「あ、もちろん前線って言っても後方支援だけどな。でもさ、それってなんか夢があるだろ? プロの人たちの戦いが間近で見れるんだ。俺たちはまだ訓練生だけど、その経験をするとしないとじゃ全然違うと思うんだ」
アルデスは拳を握り、熱弁を振るう。
しかし目的を忘れたわけではなく、冷静になりレヴォの表情を伺う。どうやら何かを考え込んでいるようだ。
「でも無理にとは言わないよ。気が向いたらまた俺に一言言ってくれると嬉しい。レヴォが来てくれればあと一人だ。最低三人って言ってたし、だから……」
「……いいぞ」
「え?」
アルデスは思わず聞き返す。するとムッとしたようにレヴォは繰り返した。
「いいぞ。乗ってやるよ、その話」
「ほ、ほんとか!?」
「ただし!」
アルデスの心が舞い上がる寸前、それをさえぎるようにレヴォは釘をさす。
「もう一人が集まらないならこの話はなしだ。それとオレはお前とは肩を並べて戦わない。飽くまで自分のために利用するだけだ。それでもいいならそのメンバーに入ってやる」
「俺は構わない。それでよろしく」
「……あぁ」
そう無愛想に会話を切るとレヴォは食事に戻る。
アルデスはというと、今にもスキップをするかのような足取りで食堂を出る。その様子を一つの視線だけが追っている。
その主であるレヴォは、なんとも不敵な笑みを浮かべ憎々しげに吐き出した。
「……見てろよ」
安請け合いの後悔ではない。
黒い敵対心と対立意識が、彼の内側で燃え上がる炎を駆り立てていた。
ーーー
レヴォ・グレイブルとの話し合い、夕食を済ました後……アルデスは再び訓練所で剣の世界へと没頭する。
どれだけ向き合っても、語り合ってもこの道にはゴールが見えてこない。しかしアルデスはその果てのないものにもひたすら真っ直ぐ、着実に前進する。あまり深く考えない元々の性格もあるだろうが、そのじつ内面はだいぶ左右されやすい。
なによりアルデスは、アデルなどの周りの頭脳派がそのあたりをカバーするおかげで自身への理解を深めている。
だが今日ほど焦りや喜びが剣に映ったことはない。
素振りの調子はいい。模擬戦での駆け引きにも鈍りはない。体のコンディションも万全だ。
いつも通り……その言葉が通用しない今を見てアルデスは剣を止めた。
「うーん……」
レヴォが快諾してくれた以上、なんとかしてリリを引き入れたい気持ちがはやる。
故に訓練に身が入らず、考え事に意識を自然と割いてしまうのだ。
「どうするかなぁ」
決着の付かない事案だが、今は剣に集中しよう。アルデスはそう思い、素振りを再開しようとした。
と、そんな自分を置き去りに、今度は周囲から人がいなくなっていく。また一人、また一人と、新しいおもちゃを見つけた子供のように駆けていく。いや、正しくは吸われていくという表現が的確だろう。
入口に目をやるとそこには人だかりができていた。訓練生たちが目を輝かせて、その姿を懸命に追っている。その羨望の眼差しの先にいたのは、綺麗な金髪のポニーテールを揺らす女剣士だった。
「あ! あの人って」
流石の訓練狂のアルデスも把握している。
セナ・テレーズ。
最近、頭角を表しはじめて数多くの戦場を渡り、強敵相手に何度も大きな戦績を残した指折りの剣士だ。
男は見惚れ、女は黄色い声援を送っている。
アルデスは何気なくその姿を追ってみる。
姿勢の良さやピンと伸びた背筋……碧色の瞳は柔らかな余裕と見るものを射るような鋭さとが同居している。
あれが、戦場を渡り歩いた人間か。
思わずアルデスも息を呑んだ。
キョロキョロとセナは何か、誰かを探している。しかし、お目当てが見つからなかったのかシュンと顎を落とした。
それも束の間に、偶然セナとアルデスの視線が絡み合う。
彼女は満足げに頷くと、ゆっくりこちらへと近づいてきた。
「君、いい目をしているね。訓練生? よければ名前、教えてくれない?」
間近まで来たセナは、穏やかな微笑をそえて話しかけてくる。
「アルデスです。ルスべ・アルデス」
緊張のせいでぎこちないが、背筋を伸ばし、敬意を払いながらしっかりと答える。どうやらその受け答えが好感触だったのか、セナはアルデスを誘う。
「突然なんだけど……よかったら一戦どう? 私はそのつもりできたけれど」
「え! いいんですか!?」
仕組まれているのではと思うほど都合のいい会話のテンポだが、アルデスは意に介さず、むしろ嬉々と頬を緩める。羨望や軽蔑など、好き放題にアルデスを目線でなぶる取り巻き。
一方でウキウキと心を弾ませるアルデスを眺めるセナの瞳はどこか遠い。
「……セナ様?」
ハッと取り巻きの声に、セナは我に返った。
「すまない。少し、浮かれていたようだ」
二人は距離を取り、取り巻きも自由に観覧するため脇に寄る。
お互いに剣を携え、準備を始める。
「君も愛剣を持っているのか」
「はい。もう体の一部みたいなものです」
「いいね。傷や汚れはあっても、刃こぼれや劣化した部分は見られない。君とその剣とがどれだけ同じ時間を共に歩んだか分かるよ。そしてその表現がどれだけ正確か……ぜひ私の前で証明してほしいな」
「えぇ。望むところです」
「いい目だ。さて、誰か合図をしてくれ」
そう声を掛けると取り巻きの一人が進み出てくる。
交互に見やり、お互いが構えを作ると、合図役は頷いた。
「それでは……始めッ!」
瞬間、セナの姿がアルデスの前から消失した。
続く