「夢……? 睡眠時によく見る、アレか」
「違うよー! 違う! 将来何をしたいか! 何になりたいか! そんなもの!」
またこの少女の夢……。
自覚がありつつも、制御の効かない空虚をひたすらに傍観することにした。
広い、ただ広いだけの野原だ。咲き誇る花々など贅沢なものもない。陽の光を反射する緑に付着した水滴だけが、寂しく澄んだ空気に秩序をもたらしていた。
「何になりたい? 何をやりたい? ……そんなものが、生きる上で必要なのか」
「絶っっ対必要だね! だってそうじゃなきゃ面白くないじゃん? 人生ってそういうものだし!」
「……ないな。そんなものは」
吾が素っ気なく答えると、少女は不満そうに目を細めている。
「えー? そうなの?」
「食事、睡眠、そして生き残る為の戦い。そこに彩りなど見出せるはずもない」
吾は、そうであった。
食事にありつけるのも、安心して眠れる寝床も、明日にはきっと失っている。だから戦わねばならなかった。本能が死を否定する限り、迫害する者たちと刃を合わせる。そこに生きる意味や、理由など、付与する余裕などないに等しい。
「んーそっか。……"ゼル"はそうだよね。変なこと聞いちゃった」
「……いい。その気遣いだけで十分だ」
「むー。またそんなこと言う。でもいいわ。なら、私のことを知ってよ。そうすればもしかしたら欲しくなるかもしれないでしょ?」
少女は吾から離れていく。そしてくるりと野の中心で回ってみせると、手を大きく開いて、天を仰いで見せた。
「私には夢があるんだ! とーーっても、大きな夢が!」
無邪気であった。無垢なほどの切望であった。同じ魔族とは思えないほど、解き放たれていた。
バッと吾の方を見る。あの時のように瞳を輝かせ、少女は言い切った。
「私の夢はね! ……………………」
○■○■○■
不快な微睡みから引き起こされた。不愉快な幻想を見続け、少し疲れている。
ラファレアの事件以降、度々この夢がフッと現れるのだ。だが、苦悩ばかりでは派閥の魔王は務まらないだろう。
すぐさま頭を振り、周囲を確認する。
そうだ。後のことを部下に任せて、吾は森の中にいたのだ。目前にはオルゴール。これを聴いていたはずだが。……心地よさに瞼が落ちたか。
背を預けていた樹木から身を起こし、拠点へと戻る。
分体たちは働いていた。指揮を取るのは知能体だ。各方面へと指令を下し、仕入れた情報を吟味する。吾がいない間は、この分体が派閥を動かしていた。
「ご苦労」
「ゼルディス様。お加減はいかかですか」
吾は少し肩を回す。
嫌気は刺していたが、さして体調に問題はなさそうだ。
「問題ない。敵の動向はどうなっている」
「……それが、動きがないんです。恐らく我々がゲリラ戦を恐れて、基地に引きこもるあまりそれを利用した何かを企図している可能性があります」
「不気味ではあるな。確かに前線は押されているが……」
やはり、この戦線でトドメを刺す為に何かを準備している、か。可能性としてあげるのならば、直接的な拠点への奇襲。纏まっているところを一気に叩けば、崩壊は免れないだろう。そうなれば確かにこれほど静かでも違和感はない。
「上の人間の推測は?」
「ゼルディス様のお考えと一致しているかと」
ならばその対策を講じる必要がある。
一度、本部の方へと出向くべきだろう。
「吾が本部へと向かう。連絡は頼むぞ」
「承りました」
外へ出て、本部へ向かう。
周りはガヤガヤとしていて、多様な戦場での生活を営んでいる。人間体故に、特段畏れられることもなかった。しかし、吾も人の群れはごめんだ。歩いただけでも強くなる不快色を堪えながら、足早に歩いていく。
本部に到着し、身分を名乗った。
そこから、中心へと通され、席に座ると軍議が行われる。
終わったのは一時間ほど後だ。見知った面子であったが、喋りかけはせず吾は去る。外に出ればまたひんやりとした空気が迎えた。
だが、戦士たちの往来がやけに少ない気がした。そして向かい側から来る者たちは、吾を見て怪訝そうな表情を浮かべている。
「……何か、起こっているな」
そのまま歩みを進めると、何やら人だかりができている。吾を見た瞬間、先ほどとは打って変わって人々が道を開き始めた。
不気味な光景に眉を寄せ、中心へと向かうとそこには魔族と人間の遺体があった。どうやら別の派閥に属する戦士のもののようだ。
医師が何やら確認をしていたが、首を振っている。絶命しているのか。
「おい。何があった」
「!? ゼ、ゼルディス様。こ、これはこれはどうもお世話になっております」
「前置きはいい。どういう状態だ、これは」
医師は目を泳がせている。こいつを含めて急変した周りの態度は、何か妙だ。何故、吾を避けていく。
おもむろに医師は震える声を押さえつけるように語った。
「……二名、ここで亡くなっていました。急に倒れたと思うと、泡を吹いて、痙攣を始めたとのことで」
「それで。その人間たちと、今の吾の状況になんの因果関係がある」
「そ、そそそれは!!」
それほど言い難いことなのだろう。推測できるのは吾と派閥の悪評か。以前の人間と、昨日の分体が死滅した事件。そして今の状況。内部から掻き乱されている。と、いうことはやはり敵側の謀略であったということだ。
舌打ちが出る。ラファレアに気を取られる以前に、もっと大事なことを失念していたのだ。自分に落胆するが、今は詳細な現状確認がいる。
「……片付けておけ」
そう言い残すと、吾は人混みを上手く切り裂いて拠点へと向かった。
戻ればやはり、分体たちは多忙に働いている。
「何かあったのようだな」
「……とんでもないことが起きてます。少し厄介ですね」
「何があった。教えろ」
分体が資料を取る。吾の前でも、感情を表にしないが緊迫感のある空気で、それを読み上げた。
「どうやら死亡した二名の殺害に、我々『殖』の派閥が関与したと疑惑がかけられているようです」
「何か根拠があるのか」
「昨日の分体の死滅です。殖を良く思っていない派閥の人間が分体を殺し、我々の派閥の誰かが報復を行ったのでは、という憶測が何者かによって流布されています」
「いつあの事件が起きた」
「ゼルディス様が軍議に到着した直後かと」
無根拠であることは明白だった。噂ならばやはり、それを広めた者がいる。
仮にあの人間が元凶で、敵側ならそれも納得いく。しかし、吾に異様な執着心を見せる点は不自然だ。何より受難、という言葉は引っ掛かる。それが敵の狙いならば、わざわざ忠告する必要もないのではないか。
ならば導出されるのは、あの人間は両者の損益を考慮しない第三者であるということ。今はその人間の確保を目指しつつ、現状の打開のために汚名返上を思考するべきか。
「いいか。とにかく上への連絡は必ずしろ。不信感を抱かれれば、どんな処分が下るかも分からん」
「う、承りました!!」
すぐさま分体たちへと指示を飛ばす。
突然のことではあるが、対応しなくてはならない。今は、何よりも信頼を地に落とさぬよう行動を心がけるべきだ。
吾はせせら笑うその人間を連想し、手を握りしめた。
続