「ゼルディス様。お待ちしておりました」
「前置きはよい。現状を伝えよ」
吾は前線の基地までたどり着く。基本はエネルギー消費の効率化のため、人間体が常だが威厳を示すためにも今は元の姿に戻る。
やはり殖の陣取りは他派閥から多少の距離感がある。交流も、交流と呼べるほど充実はしていない。飽くまで必要最低限の、事務的な内容を交わしているのみだ。
豪奢ではないが、吾の背丈を超える玉座がある。そこに腰を落ち着けて、分体の話を聞いた。
以前、車両内で聞いた話と変化はない。気掛かりなのは、拠点すら関係なくゲリラ戦を仕掛ける『西帝』の動向だが、今は特に目立った動きは見られないという。
「『西帝』が出れば、吾も出る。周囲にその場から去るよう促せ」
「承りました」
そう命令すると吾は基地から出た。
外気を吸いながら、体を弛緩させる。既に夜の帳が降りていた。冬に近く、体を撫でる冷気は一瞬吾の闘気を涼やかに慰める。
少し考え事でもしようかと思ったが、再び背後に迫る気配を察知した。
「……また貴様か。まさか、VICEの見張りを欺くとはな」
「勿体無いお言葉です。ですが戦の才能には自負があるつもりですよ?」
「不敬だな。本来ならば背後に立つだけで、問答無用に刈り取られる命に感謝しろ」
「おっと。それはご無礼を」
聞けば聞くほど、鼻につく。まるで試されているかのような、腹立たしささえ覚える。
しかし、何か吾に執着するには理由があるはずだ。何より"ラファレア"を知っている。殖の内部を把握する部外者ならば、他の情報を吐かした上で始末せねば、無用な情報の拡散を迫られる可能性すらある。
冷静になるべきだろう。
「何用だ。また茶々を入れた上で、眺望し、思惑の算段をつける気ではあるまいな」
「あらら。僕があの時観ていたのバレてましたか」
「吾を誰だと心得る」
相変わらず下に出る態度が不愉快だ。吾自身、何故この者を生かしておくのか分からない。やはり以前の言葉が存外、内側で尾を引いているのか。
「今日ここに来たのは他でもありません。警告ですよ」
「警告だと?」
思わず眉が寄る。
本当に、分を弁えない愚か者だ。
「長くないうちに受難が待ち受けています。心置きなく、乗り越える準備に尽くすことをお勧め致しますよ」
「妙な口振りだな。まるで貴様が仕掛けたようだ」
「さて、どうでしょうね。では僕は言いましたから。これで」
そういうと気配が消えた。逃げ足だけは早い。昔から愚者とは、保身を好むものだ。
吾の関心は先ほど者に奪われつつある。何者で、何が目的で接触するのか。理性はあるが、口調から損益で動く人間ではないと看破していた。
チラリと斜めを向くと突然、線が切れたような感覚が襲った。それを意味するのは一つだけだ。吾が生み、管轄する分体が死亡、または消滅した……。
「ゼルディス様!」
「分かっている。今、何かが強引に断ち切られる感覚があった」
「こちらへ!」
ここの部下にも感覚共有を許している。大規模な管理より密接な分、即座に反応ができるのだ。人間体へと姿を戻し、分体の後を追う。
吾が案内されたのは、他派閥の拠点がひしめく場所であった。
分体は押し潰されており、周囲は騒然としている。吾が近寄り、確認するが即死であることは一目瞭然だった。
「誰がやった?」
「確認中です。ただ目撃情報によれば、突然周りに圧力が掛かりこの分体のみが死亡したと」
明確のは狙ってやったことと、先ほどの人間が少なからず関与しているということ。動くのがここまで早いのは誤算だが、今は集約する群衆をなんとかすべきだ。
「この分体を今すぐ回収しろ。なるべく早く基地内へと送れ」
「う、承りました!」
遺体はすぐに回収された。とは言っても分体故に、塵になってしまったが。
何が起こっているのか、不明だった。この前線の指揮を預かるのは吾ではない。
しかし無用な混乱を防ぐために口止めはした。仮にあの人間が敵側ならば、思う壺である。吾は平静であったが、同時に妙な胸騒ぎを感じていた。
何か異様な空気を覚える……。その感覚を沈めるように、眩い月光をゆっくりと見上げた。
続