「あら? いらっしゃ〜い」
保護区のどこかにある飲食店。
昼と夜の営業を終え、人の足がめっきりなくなったところで若い二人組の男が入店した。
「ママー! 取り敢えず酒! ママのおすすめのやつ!」
「悪ぃな、ラナさん。俺は適当なジュースでいい」
赤髪の青年は既に出来上がっている。恐らくハシゴをしているのだろう。
隣の黒髪の青年は、付き合わせられているのか悪びれる様子のない赤髪をチラリと睨めつけて、酒場のママであるラナ・チュールに困ったような笑みを送った。
「アイルくんはまだ若いからね〜。ちゃんとお酒への意識があることはいいことだわ」
「ま、そこの大酒飲みよりかはね」
「こいつ冷たいんすよー。俺が飲めつってのにクソノリが悪くて。強引に行くと俺の視界が真っ黒なんです。銃口で」
「しつこいと最悪、クソしか詰まってない脳が鉛玉に変わるってのは散々言ってる。その方がまともになりそうなのが最高に皮肉が聞いてるけどね」
ラナは柔らかく笑う。
二人は常連だ。とにかく金を落としてくれるし、何より話題に退屈しない。
非現実的な経験を語る二人の姿に、ラナは小説家が書くようなプロットを想起させていた。二人の会話に交じり、営業時間が過ぎても語り明かすのも稀ではない。
closeの看板を、一睡もせずopenに切り替えている時もしばしばだ。
「はい。お酒とジュースね。アイルくんは今日はリンゴにしといたから。ヴァルジーニくんは控えめなお酒ね。道端で潰れてアイルくんに迷惑かけちゃだめだよ?」
「きひひ! そーんなことないよー。大丈夫大丈夫!」
「お〜、思ったより出来上がってるね。ヴァルジーニくん」
「……さっきの店で酒を浴びるほど飲んだんだ。こいつの言う今日は遅くなる前に解散って言葉にはなんの信ぴょう性もない」
ジュースとお酒を席まで運び、ラナは近くの机から借りた席に座った。
「あー! ママ仕事やんなくていいのーー?」
「大丈夫。もう閉店作業はとっくに終わってるしね」
「もしかして俺たちを待ってくれてたのか?」
「んー? さぁ。どうでしょう?」
ラナの微笑にはどこか品がある。
こうやって真意をなかなか明かさないところも、謎めいていて多くの客の興味を買っているそうだ。
「そうだ、アイル。昨日の依頼、どうだったよ?」
ヴァルジーニは持ち前の赤髪をサラリと流した。
アイルに至っては、不愉快そうに眉を寄せてジュースを啜る。
「一言で言おう。最悪だ。保護区外から来た金持ちが忘れてきた絵画の回収だっつー話だったのに、絵画に化けた異端者が俺の片腕を危うく持っていくところだった。何よりそいつの毒液がクソッタレだ。空気中に散布すりゃ、俺が撃った銃弾が気づけば液体だ。閉鎖的な空間だったのもあって換気してないから毒が部屋を回るのも早い。死にかけたんだぞ」
「しかも、そいつは異端者のくせにやけに知的だった。閉塞的な場所が自分のアドバンテージだと理解していやがった。だから外に出てもそれ以上の深追いはしてこない。根城というよりその異端者の腹の内側だったってこったな」
「窓はあったが立て付けが悪い。呑気なことやってれば背後から食われる。理解してるってことは自分の有利を捨てないために行動してるくるってことだ。まずもってこの城塞を内側から攻略するのは難しい」
ニコニコと二人が熱弁する傍らでラナは聞く側に徹していた。
「さて、それを聞いてママならどうする?」
ラナはうーんと親指を頬につけて思案顔になった。
「要はその部屋に入らなければいいんじゃないのー? だから外から攻撃したとか?」
「まーでも当たりっちゃ当たりなのか?」
「だなー。具体的なことは置いとこう。で、アイルどうしたんだ?」
わざとらしく目を輝かせるヴァルジーニにアイルは少々不機嫌になりながらも手銃を作りバンと撃つ仕草をした。
「"ガス"を爆発させたのさ。家の周りを調べてたら旧式のガスボンベがあったんだ。なんならその家はガス関連の会社を経営してた。それもあって数には困らなかったって寸法さ」
「えーでも、それだと絵画が燃えちゃわないのー?」
「ラナさん。さっき言ったはずだぜ? 絵画とはいえ異端者だ。生き物だからな。炎を吐くやつもいるが大体は火を嫌うし、暑けりゃ飛び出してくる。で、結局飛び出してきた異端者をぶっ殺して取り憑いた絵画は回収できたってことだ」
アイルはジュースを含む。
ラナは目を輝かせて、おーっと拍手した。ヴァルジーニは相変わらず酒を呷っている。
「アイル、あの話もしてやれ。俺らが久々ってのもあってママが相当飢えてる」
アイルはラナに目を移すと、キラキラとした瞳に少しだけ引いてしまう。
「あーっと、そうだな。最近最悪だったのは熊のぬいぐるみの回収ってやつだったよ。っていうのもただのぬいぐるみじゃない。テロリストが聖職者天下を転覆させるやばい機密文書が隠されてて……」
そんなこんなで話は盛り上がる。
夜はまだ長い。
静まり返った暗闇の中で灯る飲食店の明かりはまだ消えることはなさそうだ。