「どうだい? クレア。彼女、すごいだろう」
「えぇ。アビディア・クーレスさん? よね。あんまりこういうものには興味はなかったけれど、また何度でも来たくなるわ」
二人の観客がいた。
豪奢な服を身にまとい、二人の瞳は同じ色を湛えている。
そこでは圧巻の"劇"が繰り広げられていた。
劇場を満たす臨場感のある歌声。その場にいる人間は既にその美声に心を奪われ聴き惚れている。普段意識しないような感情を呼び起こされて、そのやり場のない気持ちが一筋の雫となり頬を濡らす者も少なくはない。
そんな人々をみて、二人は時折困ったような笑みを浮かべてしまう。
「……聞けばそこまで上等なものでもない。空想か現実かは置いておいてこの内容では賛否が分かれるだろうね。ミローという冒険家の演目に比べれば、すこし血生臭い」
「そういうものじゃない? 演目にだって様々な個性があるものでしょう。人と同じよ。それに演目も言葉にすれば簡単だけれど一方的なものじゃないわ。これは、きっと会話なのよ。そして人の記憶と感情を揺さぶる、一時の夢」
二人のうちの一人は少しびっくりしたように目を見開く。もちろん、お互いに演者から視線を離すことはしない。
「君がこんなに冗長になるの、いつ振りくらいかな。連れきてよかった」
「ふふ、アナタも嬉しそうじゃない。こういうのもっと場馴れしてると思った」
「そんなことはないさ。確かに彼女の演目には何度も足を運んではいるけれどね」
一人は恥ずかしそうに頬を掻いた。
そして、徐々に歌は加熱していき、その勢いのままクライマックスを迎える。
二人はそれを最後まで見届ける。いや、見届けようとしたのだ。
「……ねぇ、アナタ」
「なんだい?」
「"あの時"。私が錯乱せずに立ち向かう判断をしていたら何か変わったのかな」
「……」
一人はその美貌を崩すことはない。ただ、考えずにはいられない。劇に感化され呼び起こされたのだろう、視界は濁り切っていた。
一人の分厚い手に手を重ねる。お互いは暗闇の中で、確かに得た仄暗い希望を噛み締めるように手と手を握り合った。
「……僕たちはまだ尾を引いている。過去はそう簡単には乗り越えられないよ。でも、でもね。あいつらがいたおかげで僕らがここにいることは確かなんだ」
一人は、そう言った。
けれどもう一人が堪えようとした涙は既に決壊している。目元を赤くしながら、一人の幅広い肩にその華奢な顔を、美しい金髪を預けた。
「きっと、これでよかったのよね。"ナイト"」
「あぁ……これで、これでよかったんだよ。"シーヴ"」
重なった二人の影はいつまでもその暗闇に佇んだ。内側に焼きつけるように刻みつけられた記憶の中で二人はまだ手を繋いでいる。
多くの仲間の屍と血の海を眺め、ただ呪詛のように謝罪と後悔を述べ続ける。もう誰にも届きはしないそれを、まるで自分自身を痛めつけるように。
そして静かに、生き汚い二人は処刑台でその裁きを待ち続けるのだ。
その演目の名は『セイカタイ』